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世界的ヨットマン堀江謙一氏に見る日本の冒険論
堀江謙一さんが6メートルにも満たない小さなヨットで、23歳で単独太平洋横断を横断してから55年がたちました。3回の嵐に遭遇し94日間、水20リットルと米40キログラムを積んで、まさに「太平洋ひとりぼっち」の航海でした。西宮の港からサンフランシスコまでの旅は、石原裕次郎主演の同名の映画にもなって、僕なんかからすると憧れのヒーローです。自分自身もヨットマンの端くれであるというのも、関係があるのかもしれません。 今週の月曜日に、僕は堀江謙一さんと、新西宮ヨットハーバーでお会いしてきました。78歳という年齢にもかかわらず、少年のような目をした素敵な方でした。インタビューの合間に交わす雑談は、好きなヨット絡みの話題だったので、貴重なお話をたくさん聞けてありがたかったです。真の冒険家であるという確信を、僕は堀江さんにお会いすることによって得られました。 堀江さんの1962年の最初の航海の時は、日本人が海外旅行することさえ解禁されていませんでした。ましてやヨットでの渡航なんて許可が下りるわけがありません。なんとか沖縄までのパスポートを取り、暗闇に紛れて出港。ひたすらサンフランシスコを目指したのです。無一文で港についた堀江さんは「アイム・フロム・オオサカ・ジャパン」「アイ・ハブ・ノー・パスポート」と叫んだのです。するとサンフランシスコのクリストファー市長は、堀江さんの勇気をたたえて、アイゼンハワー大統領に連絡しました。そして即日、堀江さんを「名誉市民」として歓迎し、30日間の滞在許可を与えたのです。 なぜ密入国なのに逮捕しないのか、と記者から聞かれたクリストファー市長は「コロンブスがパスポートをもっていないからと逮捕されていたら、アメリカの歴史は変わっていただろう」と素敵なコメントを残しています。今のアメリカとは想像もつかないくらい、あの国がおおらかで素敵な国だった時代なのだなあ、としみじみ感じるエピソードでした。