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少数の秀才と多数の凡才 | 山口良介のブログ
生命は多様性によって成り立っている。 これは、かなり根源的な法則なのでなかなか破れない。 ゆえ、社会にもその影響は大きく出る。 できる人は少なく、ダメな人も少なく、そして大半は普通の人で構成される。こうでないと多様性が保てないからだと思う。 もし、人が優秀な教育をし、どんどん優秀な人が増えて、そうでない人が淘汰されているのであれば、世界はかなり優秀な人だらけになっているはずだが、そうではない。 優秀な人を大量生産することはできるが、何が優秀かはそのときによって変わるから、常に試行錯誤しながら教育をしなければならない。 昔の教育がダメな場合もあるし、最新の教育を試してみてダメな場合も充分ある(ゆとり教育などは最たる例か...)。 環境が変化する限り、優秀かそうでないかの全体値はいつまでたっても、一部にしか生じず、必ずダメな人も生まれ、大半は普通に落ち着くのだ。 こう書くと身もふたもないかもしれないが、いつまでたっても生物はそうやって進化しつづけるしかないのだ。 いつまでたっても優秀な人間も、阿呆な人間も必要だから存在する。 そして大半の普通の人々も、これまた必要なのだ。 社会、組織を保つ上で...。 もし世の中が優秀な人ばかりだったら、優秀だということが普通になってしまう。 優秀な人は数少ないから優秀なのであって、ダメな人も数少ないからダメなのだ。 悪さをする人がいるから良い事をする人がいて、得する人がいれば、損する人がいる。喜ぶ人がいるから悲しむ人がいる。別れる人がいるからくっつく人もいて、モテる人がいるからモテない人がいるのだ。 多様性があるから、世の中が成り立っている。 どんなに良い教育を受けても、それは同じなのだ。 って勝間さんの本を読んでて思いました。