maltiman.com
いきなり電話は失礼か?ではなくコミュニケーション手段の問題 | 山口良介のブログ
私は電話が昔から嫌いです 私は昔から電話が嫌いです。固定電話時代です。留守電全盛時代からです。 世はまさに、帰って来て留守電のメッセージを聞くことがリア充だった時代からです。 私は結構オタクだったので、電話がかかって来て自分の時間を邪魔されるのをすごく嫌っていた覚えがあります。つまり電話をかけるのは結構好きだったりします。そう、かかって来るのが嫌でした。(これは個人の感覚です) ちなみに私が若い時は、固定電話しかコミュニケーション手段がありませんでした。あとは手紙。 手紙はどうしてもリアルタイム性が欠けるので、電話が主たるコミュニケーションの基本となるのですが、かかって来るのは嫌いだけど、かけるのは好きだったので、留守番電話が大好きでした。一人暮らしを始めた時、留守電をすぐに導入したのを覚えています。 ちなみに寂しがり屋でもないので、留守電に何もメッセージが入っていなくても、気にしませんでしたが、留守電が入っていると嬉々としていたのを覚えています。 そんな私が、現代における電話=相手の時間を奪う行為=仕事できんやつ!的な発想に対してモノ申します。 電話をするのが仕事という人が一定数います まず、電話を相手の時間を奪う行為と分かっていて電話をしなければならない人が一定数います。 これに関しては、もう仕方がないとしましょう。これの防止策は「出ない」しかありません。 テレアポは言わずと知れた代表格ですが、電話で確認をとる、というのが使命の人もいます(主に信用機関とかお役所)。 これは他人の時間を奪うという前提で掛けてくるので、防ぎようがありません。 また、携帯電話ではなく「固定電話信者説」も一定割合でいます。固定電話は利用場所が突き止められるので、確実にその場所に電話が設置されているか?というのを確認する手段として有効です。でもそれは信用機関とか、興信所しかもはやしか使わないような…。 しかし、誰も出ない固定電話より、出る携帯電話番号の方が、信用度が高いというのが現実だと思います。 「着確」という悪しき習慣 次に、何かが着いているか?という確認の電話です。これも通信インフラが不確定な時期の名残です。 初期のメールコミュニケーションでは、「メールが着いているかどうか?」が不安定でした。