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生きるか死ぬか?人生もオンかオフ=デジタルも1か0 | 山口良介のブログ
突然ですが、明日あなたは生きていますか? 「生きているに決まっている。」みなさんそうお考えだろう。 生きるか死ぬかは常に五分五分なのに…。 ちょっと過去のメモから発掘した、「マルチマン的な物の見方随筆」エントリーなどを。 医師から明日死ぬ、と言われたらどうだろう? もしくは、死神が目の前に現れて、明日死ぬ、と言われたらどうだろう? 死なないまでもなく、とつぜん、身内が全く動きもせず、話もせず、いわゆる植物人間になったらどうだろう? 生命維持装置を医者は外すことは出来ない、いや何人たりともそれを外す事はできない。 命あるものは最大限尊重されなければならない。ひとまず今の日本においては…。 その状態の人を「¥」に置き換えてはならない。 そもそも通貨は人間が作った概念であり、実体はないのだから。 なにもしない、なにもつくりえない、ただ二酸化炭素を出すだけの存在に意味を見いだすことはできないのだろうか? 生きているものは必ず死ぬ しかし、そもそも万物は諸行無常であり、形あるものはいつか無くなる。いかなるものも。だ。 それが定めし自然の掟というのであれば、これもまた仕方なしとあきらめがつくだろうか? 全てはなすがまま、であり、自身の死を選べないことも、家族がどんな不条理を強いられようとそれは、「流れ」であるという。 きっとそのとき、自分のスイッチが入るだろう。 ではあなたは何のために生きているのだろうか? と。 あなたがやっていることと、そこに何もしない、もはや石ころ同然のものと、 なにが違うのだろう? 明日、いや次の瞬間、どんな死に方をしようと、それについては常に「異議なし」なのだ。 あの時、こうしていれば? なぜあなたが? それは残念だが無駄だ。 0と1で全てを表現する。 デジタルは人間が作った究極のシステムである。 全て2択。 実際の現実(リアル)は複雑で連続性にあふれ、まるで永遠かに見えるが、 本当は、ON(生きている)か、OFF(死んでいるか)が全てである。 物質はそこにあるかに見えて、瞬いており、常に揺らいでいるというのは素粒子力学ではほぼ証明されている。 つまり、すべては平等にONかOFFであり、君がそこに何か意味を問いだす余地はない。 もっと突き詰めて考えれば、君の考える価値観なんて全くちっぽけであり、