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私はブラック企業の社長でした | 山口良介のブログ
と言うよりも、15年前はブラック企業なんていう言葉はありませんでした。あったとしてもそれは、裏の社会と繋がっているような会社を指す一部の隠語くらいのイメージでしょう。でも現在では私の経営していた会社は間違いなくブラック企業だったのです。 私は広告業界にいましたが、ブラック労働は当たり前、それが普通でした。 徹夜で頭が朦朧としている従業員に「間違いがないようにチェックしろ!」と檄を飛ばしていたのですから。 モーレツに働くということ それが大企業も、中小企業も皆普通だったのです。それがおかしいとは思わなかったのです。 私は、当初デザインを中心としたデジタルクリエイティブの会社を経営していました。Photoクリエイティブを中心とし、CG、デザイン、WEB、映像制作と業務の幅を広げていきました。 場所は恵比寿から8分ほど歩いたところ、住所で言えば広尾です。当時は渋谷はシリコンバレーと言われ、恵比寿、広尾あたりはクリエイティブ系の会社が集まるところ、というイメージが定着してたように思えます(錯覚かもしれませんが)。 入社して来るスタッフに対して、私はこうよく言っていました。 クリエイターの仕事は時間で測れない 「残業時間が長くなるのは仕方ない、10分でいいアイディアが思いつく時と、何時間経っても何も思い浮かばない時がある。全ての制作物はオーダーメイドだ、量産品じゃない。時間で仕事を測ることが出来ないんだ。クリエイターとはそう言うものだ。」 と。残業がつかない理由をさも正論のように言っていますが、これ自体は間違ってはいないと今も思っています。これと残業代を支払う、支払わないは全く別の問題ですが、当初は「残業代は出ないのですか?」と聞かれてこのようなことを言っていた記憶がある。 つまりブラック社長です。 よく、マスコミ業界(死後)は締め切りが厳しいと言う傾向があリます。マスコミ業界の締め切りが厳しいのはメディアに「穴があいてしまう」からだと教えていました。 ちなみに当時WEBメディアはFlash全盛期。とにかくド派手なサイトを作ることを製作会社に課されていた時期でした。意味もなく凝っていました。