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作られた都市の末路を考える | 山口良介のブログ
人が集まるところに都市ができたのは昔の話で、今は都市が作られて人が集まる。以前読んだ本に、場所がクリエイティブを生み出すと言った内容が書かれていたが、確かにそうだろうか? 日本には「風土」という言葉がある。その地域が持つ、自然から土地から生活までをカヴァーする言葉だ。 人工的な地域、つまり都市に風土はあるのだろうか? 主にもともと海でありそれを他の土地から運んできた土砂で埋め尽くし、その上に建物、道路、植樹などしたものに風土などあるのか? そこの造られたものはある意味で目的を持っているが、その目的は予想通りに達せられるかは造ってからでないと分からない。 現在の都市や再開発は、こんなものを作れば人が集まる、という予想に基づき計画されている。 建築する何十階建てのビルはオフィスフロアがこれだけあるので、就業人口はこれくらいになり、建築予定のタワー型マンションは1000戸あるから住人はこれくらい。そうすると買い物に来る人がこれくらいいるので売り場面積これくらいのスーパーが必要になり、さらに交通道路網がこれくらい必要になり、近隣の駅の乗降客はこれくらいになりキャパオーバーになるのでダイヤ改正と複線化が必要になり、宿泊施設も必要となり...といった具合だ。 そうやって都市は膨張するのだが、そもそも人口自然減時代に突入した日本には膨張しようがない。今の段階は移動だけして一部が過密になり、一部が過疎化するという状況だが、今後はすべてが過疎化していく。空洞化していくのだ。 そこでひとつは造られた都市に風土は根付くのか? 私なりの答えはイエスだ。だが、現状だと全ての地域は過疎化してしまう。造られた都市も風土が根付く前に過疎化するか、陳腐化してしまうのだ。 時間が経てばそこに風土は根付くだろう。 そこで育ち、そこで良き時期を迎え、就労し、もしくは生活した記憶はすぐにはなくならないが、想い出より先に風土が陳腐化してしまう事態を招く。 何かが出来上がるからと言ってその土地がもつ風土はそう簡単に変わらない。特に島国の日本は、ノマド的な生活をしないので土着性が高い。多くの人がホームタウンを愛している。 東京一極集中(いや大都市集中)を見直す動きが震災後に加速化している。 せまい日本だから都市は分散していてもそんなに不便はない。