tokyo-factory.com
千葉雅也『勉強の哲学 来たるべきバカのために』を読む。
『勉強の哲学』を読んだ。 思った以上に好きなテーマが扱われていたように思う。 また、佐々木敦の『未知との遭遇―無限のセカイと有限のワタシ』に繋がるところが結構あった。 そちらも、勉強の際限なさに対して有限性を活用することから始まっていたから。 「環境のノリ」が言語による刷り込みなら、勉強とは違う言語を使えるようになることだろうか? 言葉は環境のコードに規定されるが環境のコードは言葉でできている。 違う何かになる方法は使う言葉を変えることだ。 違う言葉遣いの界隈(=ノリ)へ参入し、聞きなれない言葉を異物感を味わいながら使ってみる。 その時、言葉の他者性・物質性に(改めて)気付き、別の可能性が