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僕らが旅に出る理由 - 日常の外の日常 -
僕らが旅に出る理由はなんだろうか? とはいえ、旅にも色々あるかもしれない。 ある意味、旅はある形での自由(自我の拡大)の追求だろう。 ヘーゲルの絶対精神の弁証法の旅やゲーテの自由を求めるビルドゥングスロマン、コリントスから逃れたオイディプスの悲劇の旅。 他方、旅は他者との邂逅や出会いと別れ、ヒューマンを感じるものかもしれない。 東浩紀の「観光客の哲学」や川端康成の「伊豆の踊り子」、あるいは市川崑の「木枯し紋次郎」「股旅」。 僕は以前から「旅」「旅行」「観光」といったキーワードには違和感を持ち続けていた。 そこには、ある種の憧れと軽蔑、アンビバレントな感情があった。 なぜ、旅をするのか?