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感情する写真
人は絵画や言語をはじめ記号を外化させたことによって、生の過程で絶えず自己の内と外との相互作用のうちに、迷宮へ回帰しては記号を再生し、自己を更新しているのだ。いいかえれば、そのまま放置すれば無秩序へ、カオスへと向かってしまう内と外との自然に絶えず秩序を与え、その秩序を再び解体・変革しては生の再創造を繰り返す迷宮への回帰運動だといえるだろう。 『デザインの原像―かたちの詩学〈2〉』 向井 周太郎 P.74 RSSで流れてくるThe Big Picture のThe Festival of San Fermin, 2009 に息をのんだ。すごい。このサイトの写真はすべて素晴らしい。いつもうわぁって声をあげてしまう。今回の写真もうなった。こんな写真を撮影したい。ほんの数ミリでも近づきたい。 感情する写真、っていうのかな。ぼくの撮る写真は止まっている。呼吸をしていないし、何も語っていない。静の写真。たとえ、動いているシーンを切り取っても、臨場感を失っている。時間と空間が止まっている。だから、手をのばしても何も生じない。 ぼくの写真は名詞。 The Big Pictureの写真は、表現している。動。爆発。喜びや怒り悲しみ憂い笑い、人間が表すあらゆる感情を一枚の写真へつめこむ。人間が行為するあらゆる動きを一枚へつめこむ。その写真を視たとき、ヒトの日常に驚く。こんな動きか、こんな表情か。何を考えいる。何を思っている。何を叫んでいる。言葉は何。 そして、すごいなと思うのは、時と空間が止まっていない。 The Big Pictureの写真は動詞。 手をのばせば、まるでぼくはその場へいけそうな臨場感が目の前にある。勘違いしてはいけない。写真で視たからといって、その現場を語れるほど視ていない。だけど、思わず語りたくなる、誰かにしゃべらずにはいられない衝動にかられる。ぼくを行為へ誘う。 ぼくはクライアントのサイトへこういう「一枚」を提供したい。あまたの写真を載せて、微に入り細をうがつページもよいけど、削り落として一枚で表現する。そんな写真を撮って喜んでもらいたい。