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まっちゃんの差し金
昨日、F歯科医院のミーティングへ出席。前回のミーティングからちょうど2週間。「認識」と「実践」が意識のなかに留められているか確認した。ミーティングを観察していると、自分の観測がことごとく間違っている、と気づかされる。 診療後、ミエットへ。今日は、鯖の美味しさに思わずのけぞった。イタリア料理で鯖を食べたのは、はじめてだと思う。和食の鯖とまったく違うので驚いた。すごく美味しかった。人を幸せにするレシピ。 そろそろお開きになろうかというころ、K先生が、私のグラスへお水を注いでくれた。「まっちゃんの差し金です」と言葉をそえて。ツボにはまった。可笑しかった。「差し金」を耳にしたのはひさしぶりだ。おまけに、K先生の言い回しと表情が、絶妙だった。この一言が、私の中で、K先生との距離をぐっと縮めた。まっちゃん、ほんとうにありがとう。 ちなみに、「差し金」は さし‐がね【差し金】 (1)(「指矩」とも書く)「まがりがね(曲尺)」に同じ。 (2)文楽の人形の左手に取り付けられ、手首や指を動かす棒と紐(ひも)の仕掛け。 (3)歌舞伎の小道具。蝶・鳥などを操る黒塗りの細い竹ざお。 (4)転じて、陰で人をそそのかしあやつること。「局長の―で動く」 (5)⇒さしきん 広辞苑 第六版 (C)2008 株式会社岩波書店 が語源。意味を理解した単語が増えると、会話が洗練され、豊かになる。もっともっと勉強したいと思う。 お開きのあと、今ちゃんと途中までいっしょに帰る。電車のなかで、今ちゃんが担当したミーティングの司会)について少し話した。 うまくこなせなかったら、みんなどう思うだろう? (被害妄想← マイナスの意味で使っていません) ミーティングを失敗しないようにしよう (自意識過剰 ← マイナスの意味で使っていません) 2つの要素が、司会者の心理を圧迫して、進行をたどたどしくさせている、と観測したので、それを伝えた。こういう被害妄想と自意識過剰の矛盾は気づかない。それの対策は、 他者の評価を気にしない。他者の評価は。主観であって、司会者は覆せない(捕捉しておくと、鈍感になれというわけじゃありません)。コントロールできない要素におびえるより、コントロールできる事柄を一つ一つ片付けていく。 ミーティングを失敗しないようになんて考えない。目の前にメンバーがいるのだから、司会者の舵取りひとつで失敗するわけない。もし、失敗するとしたら、それは、メンバー全員がミーティングに無関心ということ。 今ちゃんが指摘したように、K先生はとても大切な役割を果たしている。ミーティングの表情が変わった。 その変化を感じとるアンテナを、今ちゃんは持っている。すばらしい感度と感性を大切にしてほしいなぁ、と帰りの車中で熟熟考える。とはいえ、今ちゃんに伝えたように、失敗を考える回路は、必要だ。成功はするものではなく、目の前の小さな失敗、見えていない失敗を、ひとつひとつつぶしていった結果だ、と思う。失敗は、本人が想定するよりずいぶん前にやってきていることが多く、どれだけ早く気づくか。気づくには、いくつもの視点が必要だ、と考える。 ヨッシー、最後のワインはさすが。感動した。「どのタイミングでグラスに注ぐかずっと考えていた」のセリフ、素敵だと心底思った。F先生の独演会は、いつも楽しみ。F先生の感性を盗みたい。ただ、いつもF先生に甘えてばかりで、心苦しい。微力でも仕事でお返ししたい。 「幸せとは何ですか?」と問われたら、「幸せを考えないでいられることが幸せ」と答える、と書いた哲学者の本を思い出す。「ああ、そうだな」ってうなづき、「でも、今日ぐらい幸せについて考えても許されるだろう」だなんて、人を乗せた速い列車の中から窓を見ると、にやけた顔が映っていた。