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18/4月号 田中康夫の新ニッポン論57「承詔必謹」◆月刊VERDAD-ベルダ
18/4月号 田中康夫の新ニッポン論57「承詔必謹」 PDFはこちら>>>PDF [su_accordion] [su_spoiler title="本文原稿はこちらをクリックすると全文が表示されます。" style="fancy"] 『日本書紀』に記されている「十七条憲法」。「承詔必謹(しょうしょうひっきん)」は、その第三条に登場する表現です。 「詔(みことのり)を承(う)けては必ず謹(つつし)め」。即ち「天皇の詔勅(しょうちょく)が下ったなら、必ず謹んで承らねばならぬ」。 が、大日本帝国憲法に引き継がれた「承詔必謹」は、"承る=拝聴する"の意味合いを何時の間にか捨て去り、「天皇の命を受けたら必ずそれに従え」と"拡大解釈"されるに至ります。これぞ正訳、と胸を張る向きも居られましょう。 呵々(かか)。天皇制こそ日本の「国柄」と語る面々は、「私自身としては、桓武(かんむ)天皇の生母が百済の武寧王(ぶねいおう)の子孫であると続日本紀(しょくにほんぎ)に記されていることに韓国とのゆかりを感じています」と平成13年=2001年12月の会見で、更に平成25年=2013年の会見では「戦後、連合国軍の占領下にあった日本は平和と民主主義を、守るべき大切なものとして、日本国憲法を作り、様々な改革を行って、今日の日本を築きました」と、日本を主語として述懐した今上天皇の歴史認識を「承詔必謹」していますか? 豈図(あにはか)らんや、今上天皇の警句を歯牙(しが)にも掛けず、GHQに起用されたエリザベス・ヴァイニング女史が薫陶(くんとう)の「歴史改竄(かいざん)主義」など肯(がへ)んず、と嘯(うそぶ)く「ニッポン凄いゾ論」妄信者こそ、美濃部達吉翁とは似ても似つかぬ御都合主義「天皇機関説」信奉者に他なりません。 歴史を振り返れば、「終戦の詔勅」を以て天皇の詔勅は途絶え、軌(き)を一(いつ)にしてダグラス・マッカーサーなる御仁との写真が公開されるに至り、「承詔必謹」を発するのは占領国アメリカと信じて疑わぬ"歪(いびつ)な独立国"の道を、日本は歩み始めます。「日本を、取り戻す。」と声高に唱和し続ける面々とて、否(いな)、彼らこそ「日本を、取り漏(も)らす。」自家撞着(じかどうちゃく)に陥っています。