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マッチ+パッサ新潟凱旋公演第1ラウンド中日(なかび)を観ました
週末の2017年2月18日(土)、 新潟凱旋公演第1ラウンド中日(なかび)、 開演時刻の午後5時が近づくと、 あたかもそれは県外からのお客様への「礼儀」であるとでも言わんばかりに、 雪がちらつく新潟市。 誰も困りはしない程度に「情緒」としての雪〈天花〉を降らせてしまう 金森穣とNoismはやはり恐ろしいと思う。 『マッチ売りの話』+『passacaglia』、3回目の鑑賞。 イントロ部の精霊・井関さんは NHKバレエの饗宴2015の『supernova』を思わせるような超越的な存在。 からの第1部、『マッチ売りの話』の具象世界へ暗転。 そこは西洋と日本が同居する時空。 表情を奪い、身体を際立たせ、それでいながらも様々な陰影を伝える仮面。 交錯する現在、過去、そして未来、 更には、あり得たかも知れないパラレルワールド、その一瞬の提示。 眼前で展開される加害と被害の混沌。 互いに指弾し、互いに指弾される怯える者たち。 安逸に、(不毛な)「夜のお茶」の作法に耽っていたというのに、 過去の、否、未来の侵犯により、しっぺ返しを受けて震える老夫婦。 そして封印していたはずの獣性の蘇り。 目を逸らしたままでいたかった過去。 今日のささやかな日常は何のうえに成り立っていたというのか。 蓋をして、無き者にしてしまいたかったというのに、 「忘れさせまいぞ」とばかり 蘇ってはのし掛かってくる、各人の存在の内側に折りたたまれたこの国の過去。 プログラムには「たとえその足跡が、 降り積もる天花(雪)によって 消え去ろうとも。」とあるものの、 それは、むしろ逆。 雪によってでも消し去ってしまいたい足跡ではなかったか。 今一度、プログラムに戻れば、そこに書き綴られた 「私たちは歩いて行かなければならない。 (信じ、)打ちのめされ、立ち上がっては過去を背負い、 一歩一歩大地を踏みしめるように、 歩いて行かねばならない」が、 それぞれに傷を負った9人によって 厚みをもって可視化されていきます。 並び立つ、諧謔と戦慄。 明転から、精霊・井関さんの導きで抽象舞踊の第2部『passacaglia』へ。 まずは、アウトフォーカスで互いを視認することなく 「コンタクト(接触)」という言葉では言い表せないほどの 驚異の濃密な絡みを見せる井関さんと中川さんのパートは福島さんの現代音楽。