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不倫もギャンブルも案外身近すぎて、何が本当にダメなのかが分かりにくくなっているのかもしれない
ベッキーや乙武さんの不倫が話題になり、野球やバトミントンでは賭博が問題になっていますよね。それに対してネットは批判轟々。「軽蔑した」「裏切れた」などの声が聞こえてきます。そんな批判の声が高まれ高まるほど、「言いすぎだ」「彼ら気持ちも考えるべき」という声もあがります。どちらが正しくてどちらかが間違っているというわけではなく、どちらもどこか感情的になっている印象を受けます。その理由の一つが不倫や賭博が意外に身近な問題行為だからなのではないかと、それこそ「なんとなく」感じているんですよね。友人・知人・親戚に話を聞けば、必ず誰かが「◯◯さんが浮気していた」とか「お金をかけて麻雀をしていた」なんて事実が出てくるのではないでしょうか?日本で殺人や強盗などの重犯罪に遭遇した人を探すのはかなり大変ですし、自分が遭遇する可能性も低いです。つまり、基本的には「他人事」です。しかし、不倫や賭博は「意外に身近な出来事」。つまり、他人事ではないんですよね。もしかしたら自分が遭遇するかもしれない。自分が不倫されるかもしれないし、もしかしたらする側かもしれない。また、友人が違法賭博に絡んでいるかもしれないですし、自分が賭博に誘われるかもしれない。加えて、かなりの確率でそれに近い立場に立った事もあるのではないでしょうか。恋人がいても他の人を「良いな」と思うことはあるはずで、友人とふざけて「飲み物や食事代を賭ける」なんてことはあるでしょう。どちらもそれだけなら許されますが、そこから一歩踏み出してしまうとすぐに倫理的に問題のある行為に変わってしまうんですよね。実は、大きな批判を浴びている不倫や賭博は「誰にでも起こりうる問題行為」なんです。もちろん、普通の人は一線を超えません。配偶者や恋人以外を好きになっても、デートをしたり肉体関係を持つことはないでしょう。賭ける食事代が多少高額になったとしても、違法な形で現金を賭けることはしないはずです。ただ、殺人や強盗に比べると許されるラインと許されないラインの境界が曖昧です。そこで、人を殺したいなんて思わなくても、不倫や賭博をしてみたいと思う気持ちが湧いてくる人はやっぱりいます。それをずっと我慢している人や逆に全く理解できない人は、不倫や賭博をした人を強く批判するでしょう。一方で、その気持ちに折り合いをつけた人やかつて持っていた気持ちが消えてしまった人は、彼らの気