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【ADHD】習慣化が全て良いわけではない例【私の場合】 | I am ADHD
おはようございます。 今日はお出かけをするので珍しく早起きです。 明後日から岡山帰るので忙しいのは嫌なのですがどうしても行きたいお出かけなので頑張ります。 今日は発達障害にとって本来推奨とされている"習慣化"の悪い面について書きます。 私が小学生の頃、まだグレーゾーンだった頃の話です。 学校の校長が"五分前行動"に力を入れている人でした。 もちろんそれ自体は良いことなのですが、全てにおいて"あらかじめ済ませておく"に力を入れている人だったので、曖昧な表現がわかりにくかったり、つい1を10と捉える極端なわたしには未だにストレスにもなっています。 ただそうすると小学生のわたしにとって登校前の時間や休み時間を完全にコントロールされている気持ちになってしまったのです。 例えば朝家を出る前の時間。学校からは排便は朝済ませておくように言われました。 するとわたしの中で"排便は学校に行く前にすること"と決定づけられてしまうので、学校に行く前に行けなかったときが怖くて、トイレを済ますまで学校に行けませんでした。 また休み時間は休む時間というより"次の授業の用意をする時間"となっていたため、用意をモタモタしている間に時間が過ぎてしまいます。それにトイレも休み時間に済ませなきゃ行けません。 体育の時は休み時間内に着替えもしなきゃ行けない。 教室を移動する時は用意する上に時間を逆算して行動しなきゃ行けない。 全てにおいて大切なことだと思いますが、私からしたら全てが"しなければならない"になってしまいました。 すごい息苦しいです。 叔母も祖父も人間としては素晴らしい人ですが、その"しなければならない"に執着しすぎて色々見ていて辛そうなところがあります。 発達障害の人には習慣化することが大切ですが、それと同時に柔軟な指導が必要だと思います。 例えば"排便は学校に行く前にしよう。だが、授業中に行っても良い" みたいな…。 "するべき"だけを教えるのではなく、"すると良いでしょう"で教えて欲しかったです。 わたしが過去一番納得できなかったのは、高校生の頃ドライアイがキツくて授業中に点眼を指していたら、担任から「点眼はあらかじめ休み時間にさしなさい」と言われた事です。