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〜溶解する言葉と音〜 ジム・ジャームッシュ『パターソン』レビュー  
詩人からわたしたちへと提供される世界のなかで生きることは、 なんと喜ばしいことだろう ガストン・バシュラール『夢想の詩学』 ジャームッシュは、その長いキャリアにおいて「土地」自体を主人公としたような作品を多く撮っている。メンフィスを舞台とした『ミステリー・トレイン』はもとより前作に当たる『オンリー・ラヴァーズ・レフト・アライヴ』では、デトロイトやタンジールでロケーションをすることで「土地」に根ざす文化を作品へ直接昇華させてきた。 映像詩と呼べる静謐さを湛えた最新作『パターソン』もその例外ではない。しかし作中で描かれるパターソンという街は、その街の現状と大いに異なるようである。パターソンはニューヨークから北西へ1時間ほどの場所にあるベッドタウン、ニュージャージー州パサイク郡の郡庁所在地 。そこはアメリカ第2位の人口過密エリアであり、2013年のFBIの統計によると10万人当たり1072件の粗暴犯罪、強盗は全米トップ10入りする約600件が発生する治安の悪い街なのだ。かつ多くの移民問題を抱えるこの都市の実情は映画の持つ静謐さと正反対であるようだ。つまり本作で監督は現実のパターソンではなく、詩的方法によって再構築されたパターソンという街を描いたと言える。 ゆえにストーリーの中心となるのは詩情であり詩人だ。主人公はパターソン市市営バスの運転手をしている街と同名のパターソン氏。彼はローラという美しい妻と犬のマーヴィンと穏やかな日々を過ごしており、詩を書くことを日課としている。彼が書く詩はバス運転手という労働や愛する妻からインスピレーションを受けたもので、形態はパターソンに住んだ詩人ウィリアム・カーロス・ウィリアムズに倣った自由詩だ。監督はパターソン氏に仮託して、本作をこの詩人への頌歌としている。