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楕円幻想としての『ラ・ラ・ランド』(サイン・シンボル篇)
「人は後ろ向きに未来へ入っていく」 ポール・ヴァレリー 「この世のものは後ろ向きに見るとき、はじめて真に見える」 バルタザール・グラシアン プレリュード:秘数「3」から円環の魔法へ この『ラ・ラ・ランド』という魔術的なタイトルについて、人はどれほど真剣に考えてきただろうか。スラング辞典を引いてイージーに導き出せるような意味ではなく、「3」回繰り返される「ラ」の音と図像によって象徴されるものをである。今から語る内容の大部分は「象徴」の範疇であり、近代的/映画的な思考様式だけでは捉えることが不可能な問題である。それゆえ『ラ・ラ・ランド』のプラネタリウムのシークエンスにおける、軽快な「3」拍子のワルツのコレオグラフのように、柔軟な思考でもって臨むべきであることを予め断っておきたい。では「3」が象徴するものについて――象徴がその豊かさゆえ「範疇」という概念に収まりきらず、常々解釈が横溢していくことは承知の上で――言語化可能な範囲で記述していこう。 「3」の発見に関して、『中世における数のシンボリズム』という書物の中で興味深いエピソードが語られている。すべての初期の文明は、数を勘定するということを知らなかったから、「1」と「多」という概念を最初にもつことになった。その次の段階として、人類は男性と女性、昼と夜、太陽と月といった、自然界の二重性の存在に気づくようになる。この「対」概念の発見を通じて、「1」、「2」、「多」という3つの数を表す用語が出揃うことになり、この過程で「3」は「多」と同一視される。なぜなら「3」が初めて「多」の概念を適用できるためである。さらに「3」は、原級、比較級に対して最上級を初めて適用できる数ということもあり、そこに「全」の概念も加わっていく。 数3が最上級、すなわち「全(すべて)」を意味として含むという観念は、決して失われることはなかった。この観念は、「三重の幸福」ter felixや「三重に最も偉大なるもの」trismegistusといったありふれた文句に、また偉大さと力の象徴として三叉や三重の雷を用いることに、……現れている。