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コピペの美学
コピー&ペーストを略して「コピペ」と呼ぶことは、いまや誰もが知っている。大学におけるレポートのコピペ問題などのせいか、この言葉からはあまり良いニュアンスが感じられないが、今日はその考えをちょっとだけひっくり返してみたいと思う。コピペが表現の臨界に触れる瞬間を垣間見ることで。 まず取り上げるのはアニメ『新世紀エヴァンゲリオン』の第9話「瞬間、心重ねて」である。使途の急所が二箇所あり、倒すためにはその2箇所を同時に攻撃しなければならないとわかったシンジとアスカは、毎日のように同じ生活リズムを刻むことで、呼吸を合わせる訓練をするというストーリーだ。特に有名なのは戦いのシーンで、62秒間の戦いを丸々ノーカットで描き、しかも爆発などの効果音の代わりにシンジたちの耳に流れる曲を視聴者にも聞かせた点である。だが私たちが注目したいのは、シンジの乗るエヴァンゲリオン初号機と、アスカの乗る2号機の描画が、色を除きまったくのコピペであるということだ(この点についてはこれ以上説明を加えないので、万が一対象のシーンを見ていない人は、まず見てほしい)。もしこれがアニメでなければ、シンジたちの庶幾する「完全にシンクロした攻撃」は不可能だし、もし映像をコピペしたとしても、噴飯ものの出来にしかならないのは目に見えている。しかしアニメというジャンルにおいては、そのシンクロ=コピペは時として芸術の域にまで達することを、エヴァは証明したのであった。