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カジュアルな敬語
2013.07.25 晴れ [youtube:http://www.youtube.com/watch?v=Ma_3cfd85ew] 中山うり - 夕焼け空に摩天楼 でスタート。ライヴへ行ってみたいなぁ。月とラクダの夢を見た、は好きだしコレも好き。歌詞が映像的。言葉を映像的に表現する人は美しい。歌詞、詩、小説、とにかく言葉の配列が私の脳をハッキングして映像を再生してくれる。そんな表現はどれも好き。 なんで書いてるのかしら? わからない。なのに書く、左から右へ文字は現れ、右から左へ消える。なるべく短くを意識も長い長い。一読、削り落とす、Delete。 7月のアップはやや多め。書くことがない。わけではなく、ある。それらは頭の洗濯機が回している手垢の付いた単語たち。まだ脱水してない、干してない。 里の家にある二槽式なら濡れた単語を一回取り出して、無理矢理つなげて文章を生成できるかも。二槽式ではない縦穴の頭の中でぐるぐる回って乾きを待ってる。 仮想と空想を巡る錯覚で汚れた単語を書き出せば、自分だけ理解できる。数年前からここは日記。自分が理解できればそれでよいはず。なのに「まとめなければならない」切迫感と「理解してもらいたい」共感が向き合って肩をふれあって踊っている。 「公開」だから? ほとんどが自分語り。ネットで最も忌み嫌われることだし、「誰か」を別に気にしなくてもよい。 誰と話しているかわからないけれど、確実に誰かと話して錯覚の汚れを落とせない単語を乾燥させて文章の竿へ干す。 たまにすごく年下の人にもさらっとカジュアルに敬語が使えるおじさんを見ると、目がハートになりますな。— 矢内賢二 (@yanaikenji) July 22, 2013 お気に入り。素敵。心からそう思う。おじさんにだけにあらず、老若男女問わず。私もそんな風に振る舞えるよう努めているが、ぎこちない。水曜日、高校球児から道を尋ねられたときも互いに敬語だった。やっぱりぎこちなかった。難しいね。 カジュアルな敬語。型通りに意識を奪われてしまった敬語と対極に位置するイメージ。上辺をなでる敬語はくだらない。年上年下、関係ない。最適な距離感を探していますという信号を他者へ送信する。健全な戸惑いの意思表示。自分が培ってきた敬意をつめて。 好き嫌いはある。嫌いの守備範囲が広い点を母から指摘されて委細承知。敬語を使いたくない、あるいは使ったとしても、二度と会いたくない系敬語を駆使したい、のに語彙がない自分にイライラ。 万人にカジュアルな敬語を使えるほど心はまだ熟成していない。むずかしいね、無理な話だし、まぁそれでもOKかな、と。 好き嫌いをなくす修練と感情の喪失はコインの裏表。強く意識すれば、感情は無関心無機質になり、かといって好悪の温度が砂漠気候だったら住めない。バランス、と独りごちたくなるけれど、バランスじゃない。いっそのこと裏と表を引きはがして両極へ持っていけば、って思念が浮遊する近頃。 そういえば、道を尋ねられるのと出口調査の打率が高い。4割どころの騒ぎじゃないよ。この間の参院選の期日前投票では、読売新聞の出口調査を記入した。 何をもっとも重視するか、みたいな質問があり、一つだけ選んでくださいとあった。珍しいな、ひとつだけって。東日本大震災復興に即○、選挙後、調査結果を知りたいと思ってサイトを検索したがどうやら見当たらない。関西の人が何を重視して投票したのか。そこを知りたい。