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凡人とはどういう人間か
今回はあらためて凡人の定義を確認しておきたいと思います。 いきなり最初からガツンと言ってしまいますが、凡人とは、 薄情で、怠惰で、迷惑で、傲慢で、残酷で、臆病で、保守的で、 利己的で、楽観的で、無気力で、無責任で、無関心で、無力で、 無知で、無価値で、自分がこういう人間であることにまったく 気付いていない無自覚な人間 のことです。 どんな人間も完全に凡人から脱することは不可能ですから 僕もあなたもどこかに必ずこういう要素を持っています。 ただ、唯一僕らが巷に溢れる凡人と違うのは、一番最後に言った 「無自覚な」 の部分です。 少なくとも、今あなたはこの記事を読んでいる時点で、自分が 凡人であることを自覚しています。 そして「凡人ではダメなんだ」ということも知っている。 だから凡人から脱することが"可能"なのです。 今の定義からも分かるように、僕が言っている真の意味での凡人は 自分がああいった人間であるということに対して無自覚です。 それゆえに、あの最悪の定義をなんら改善しようとしないし、 問題そのものを認識していないワケですから、彼らにそれらを 解決することはできません。 少し荒い言い方をすれば、彼らは "救いようがない" のです。 彼らの方から病院に来てさえくれれば、いくらでも診察することは できます。 病院で病人をほったらかしにする医者なんて、ほとんどいません。 しかし、自分から病院に来ない人を無理やり診察することは、 完全にいき過ぎたお節介だし、何よりも効果がありません。 そんな人はどれだけ優秀な医者がいても助けてあげられないのです。 多くの場合、彼らが病院にやってくるのは手遅れになってからです。 そのときには自覚症状が明確に現れているはずですが、それは既に 病気が末期まで進行しているということであり、そうなってからでは 優秀な医者の診察も意味がありません。 「余命半年です」 医者からそう聞かされた後、彼らはこう嘆くでしょう。 「こんなことならもっと色々やりたいことをやっておけばよかった」 これが典型的な凡人の生き方です。 あなたなら、今言ったようなことは既に分かっていると思います。 場合によっては「何をいまさら」と思っているかもしれません。 しかし「分かっている」のと「やっている」のとでは、雲泥の差が