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無駄な無駄と無駄じゃない無駄の違い
突然ですが、質問です。 無駄な無駄と無駄じゃない無駄の違いとは 何でしょうか? 今回の前書きにかぎらず、 僕はよく無駄なことをしましょうと 言いますが、これは普通に考えれば 語義矛盾です。 無駄とは一般に、やる意味のないことを 意味するからですね。 やる意味のないことをやることに意味がある、 って言ってるワケですから、そりゃ意味が 分からないのも仕方ありません。 でも僕の言う「無駄」はその無駄とは 違います。 この「無駄」は、実は内容では決まりません。 つまりゲームをするとか、マンガを読むとか、 ダラダラするとか、そういう何をするのかは 「無駄」とは関係ないということです。 無駄が「無駄」になるためには2つの条件を 満たす必要があります。 目的があること 意志があること の2つです。 これらの条件が満たされたときに 無駄は無駄じゃなくなり、意味あるものに なります。 要は「無駄」とは、ちゃんと目的があって 敢えて自分の意志でやる無駄だということです。 一般的な無駄には、目的や意志はありません。 ゲームをするのは「なんとなく」だし、 マンガを読むのも「なんとなく」、 当然ダラダラするのも「なんとなく」です。 目的があって、かつ自分の意志で 「よし、●●のために今はゲームをするぞ!」 って意気込んでゲームをする人はそうそう いないでしょう。 「よし、ダラダラするぞ!」って思って ダラダラする人も稀だと思います。 つまり、普段の生活を無駄にしたくなければ、 可能な限りどんなことにも目的を設定して、 自分の意志で始める必要があるのです。 ここで重要なのは、目的や意志がない場合は、 どんな行為も無駄になりうるということです。 意志と目的なくゲームをするのが無駄なように、 意志と目的なく仕事をするのも無駄です。 意志と目的なく読書をするのも無駄だし、 意志と目的なく結婚するのも無駄。 そう、意志と目的がないだけで何もかもが 無駄になってしまうのです。 なぜこれが無駄(意味のないこと)と 言えるのかというと、まず目的がなければ 情報や経験の価値づけができません。 その行為の中で何が重要で 何が重要でないかが判断できない ということです。 だから何も印象に残らないし、 例えば映画なら「面白かった」みたいな 感想しか抱けない。