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諦めというウソ
「杉野さんの商品を買ってない(買えない)のに、 アドバイスをもらって申し訳ない」 ここ最近、何人かの方からこういう内容のメールが 届きました。 彼らは僕に気を使ってそう言ってくれているのだと 思うのですが、そう言われても僕は「気にしなくて いいですよ」としか返事のしようがありません(苦笑) ただ、そのことについて台所で食器を洗いながら ぼんやり考えていたところ、あることに気付きました。 それは彼らが自分にウソをついているということです。 彼らは本当は商品を買うべきだと思っている (買った方がお互いに気持ち良くメールができると 知っている)のに、自分にはそれができないと 決めつけています。 本人に自覚はないと思いますが、そうやって彼らは 自分の理想から逃げているのです。 99%の諦めは自分へのウソです。 本当は続けた方がいい、本当は買った方がいい、 本当は行った方がいい、本当は決めた方がいい、 本当は勉強した方がいい、本当は運動した方がいい、 本当は・・・本当は・・・。 自分のことを思い返せば分かるように、われわれはいつも 本当はどうすればいいかを知っています。 にもかかわらず、われわれはそれを諦めることの方が 多いワケですが、これ、なんでか分かりますか? 考えるまでもないでしょうが、その方が楽だからです。 僕の商品を買うために何かをがんばるよりも 「買えないです、ごめんなさい」と言う方が圧倒的に 楽なんですよ。 でもそうやって謝って済ませることは自分の理想ではない ワケですから、望んでいないものを選択するという意味で 自分にウソをついていることになります。 ダイエットを諦めるのも、起業を諦めるのも、買いたいものを 諦めるのも、全部ウソなんです。 さて、ここで前回の話に戻りましょう。 自分にウソをつくことは、はたして自分に優しくしていると 言えるでしょうか? 表面的には諦める方が楽なので、それは優しくしているように 思えるかもしれませんが、自分の本心に逆らうという意味では 虐待に他なりません。 よく思い出してください。 本当に心から諦めて良かったと思えることって、 今までにありましたか? 何かを諦めたときというのは、大なり小なり心のどこかで 「嫌な感じ」がしてるはずなんですよ。 僕に「買えなくてごめんなさい」と謝ってきた人たちも、