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ゴーリキーは偉い | MASSIVE BLEEDING MASSACRE xxx.ver
4月を目前に控えている。あっという間だった。。本当に時間ってのはコントロールが難しい。意味のある一ヶ月にしようと意気込んだところで大したこともできなかったし過ぎ去ってしまえば余韻も何もあったもんじゃない。ただ過去として消えていくのみだ。一ヶ月休んだからといって、今後一年無心で働けるかってそういうこともない。昨日ばくばく食ったからと今日は何も食わないということもできない。人はエネルギーを貯めるということはできないのだ。 先週、仕事全然してないのに、普通に腰を痛めて3日ぐらい寝込んだ。あまりの情けなさに心底自分にガッカリしたが、働こうが働くまいがおれの腰はもう一生治らない。覚悟を決めるしかないのだ。 そんなわけで4月から公私ともに多忙になる。モラトリアムをだらだら引き延ばすのもこれで最後だ。再び現実という戦場へ赴いて金と時間の奪い合いを延々と続けるのだ。 自分の時間がどんどんなくなるのは何より辛いことだ。しかし、先日ロシアの作家、バーベリとゴーリキーの文学全集の解説文をつらつら読んでゴーリキーの幼少期〜青年期までの異常な過酷さを知った。少しここでご紹介しよう。 ゴーリキーは1868年にヴォルガ湖畔のニージュニイ・ノーヴゴロドで生誕。農民でも労働者でもなく小市民階級の出身で、父は家具職人だった。幼い頃から暮らしは貧しかった。3歳のときに父がコレラで死に、母の実家に帰ったが母はその後失踪。ここから「重く淀んだ、まだら色の、なんともいえぬ奇妙な」生活が約8年続く。それは人の憎悪、残忍、偽善、貪欲がむき出しとなった日々だった。女や子供に対する暴力が日常茶飯事であるような生活、ゴーリキー自身「時として、すべてがまさにこのとおりであったとは容易に信じられなくなるような」生活であった。 そんなゴーリキーにも唯一の慰めがあった。それは祖母アクリーナの存在だ。祖母はかしこく、善良で、天分豊かな、「世界に対する無私の愛」に満ちた人物であった。ゴーリキーは祖母から「過酷な人生に耐えて行く強い力」を学んだのだ。 しかし、どんどん暮らしは苦しくなって行き、ゴーリキー自身屑拾いや材木盗みなどに精を出して生活をマシなものにしようとしたが、やがて失踪していた母が戻ってきてすぐに死に、その頃からゴーリキーは11歳にして社会に出て働かざるを得なくなる。