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トレブリンカ叛乱-書評 | MASSIVE BLEEDING MASSACRE xxx.ver
「サウルの息子」を観た記念に、刊行されたばかりのこの本を読もう、と思い買ったはいいが、やや読みにくい文章のおかげでようやく読了。 トレブリンカ絶滅収容所でゾンダーコマンドとして働いたユダヤ人青年の手記である。 サウルの息子 戦争映画中央評議会 ゾンダーコマンドって言うけど、ただ単に"特殊部隊"ぐらいの意味です。ユダヤ人の雑用のことだ。 トレブリンカは、ワルシャワから列車一本の東に位置する寒村で、1941年11月に労働収容所(第Ⅰ収容所)が完成、ここの囚人が絶滅収容所(第Ⅱ収容所)を完成させる。ガス室が持ち込まれ、1942年7月に移送が開始される。ラインハルト作戦の一環だ。しかし、「普通の人々」でも描かれているのだが、この時期は移送と抹殺の黎明期で、鉄道のダイヤとかガス殺と焼却が段取りよく行かず、移送が滞ってしまう。そこで大量銃殺任務がクラクフ・ルブリン管区で活発となる。その担い手は主に秩序警察(オルポ)やウクライナ傭兵だった。9月には元T4作戦責任者の一人で、ソビボル絶滅収容所所長だったフランツ・シュタングルSS大尉がトレブリンカに着任。移送と絶滅が再開される。70万人以上がここで死亡した。 鉄道駅から、ソーティングヤードで囚人の荷物を略奪して仕分けし、その向かいにある《野戦病院(ラツァレット)》で囚人たちを殺し、火葬用くぼ地で死体の山にガソリンかけて焼きはらう。ガス室の存在感がほとんどないのがすごい。初期はガス室も一酸化炭素ガスなので非効率で、プラットフォームから降りて来た囚人たちを、小屋の屋根や窓からウクライナ兵が無差別に銃撃を加え、問答無用に皆殺しにしていたという。凄まじい血に塗れた殺戮と拷問の描写に言葉を失う。 ほとんどのゾンダーコマンドは死体の片付けや荷物の仕分けに駆り出されるのみで即日殺され、翌日また新たなゾンダーコマンドを選び出して雑用をやらせてまた殺す。一部の技術者やカポとそれに近い部下だけが、割と長いこと生き延びられたが、サディストのSS髑髏部隊の強烈な面々に気まぐれに銃殺され、拷問され、結局辛苦に耐えた挙句、何の意味もない無為な死を迎える。