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野火 大岡昇平 | MASSIVE BLEEDING MASSACRE xxx.ver
いよいよ今週土曜に「野火」を観に行く。これまでにいろいろと特別なイベントがあちこちあって、試写会だのやっていたようなんだが、ことごとく観損ねた。とはいえ前売り券買ってるし、もう準備は万端だ。しかし待ちきれない。去年お披露目があってから、よくここまで待たせるな、、、作った側も早くみせたいとか、そういうのはないわけか?おれとしてはここまで待ち長く感じた映画は久しぶりだ。「日本の一番長い日」のリメイクなどはまったく期待していないので楽しみでもなんでもない。下手したら劇場スルーをするかもしらん。 そんなわけで待ち長い本作である。あまりにアレなので原作小説を買って読んだ。内容はあれこれ書いておるが、肺病の兵隊が中隊から放逐されてうろうろうろつきまわって、同じように遊兵と化した味方の兵隊に食われそうになるという、無益な戦争と飢餓がテーマのお話だ。ほとんどは一人でうろつくシーンばかりなので、重厚な比島の自然描写や、内に潜む堂々巡りの観念、内省、ただありのままに島の自然と自分の状況と戦争の愚かさを知覚し、特に思うこともなくたださすらう、そんなお話だ。市川 崑バージョンでは、田村一等兵は米さんにホールドアップして終わりなのだが(フィリピンゲリラだったか?覚えてない、すまん)、こちらは米兵に助けられて精神病院で目覚めるという終わり方だ。まるで「ドグラマグラ」のようだ。物語は精神病院で書かれた妄想と記憶障害混じりの手記であり、なんだかこのラストだと意味が変わってくるように思える。小説版のほうが哲学的で内省的な純文学という感じだが、市川 崑版はわかりやすい反戦映画だった。(むろん原作も反戦が第一にあって書かれたものだとは思うが) 今回の「野火」は(あくまでリメイクではないらしい)、塚本晋也のお言葉を聞く限りでは、かなり反戦思想を打ち出した映画に仕上がっているように思うが、監督は戦争映画が初めてで、どちらかといえば登場人物の心の動きを静かに描くお人のように思う。つまり、原作により近い作風になっているのではないか?と予想する。「そんなことないよ!あーでね!こーでね!」とかいうコメントはいらぬ。迷惑だ。おれはまだ観てないのだ。観てないくせにうだうだ書くのは本来好きではないのが、でも原作を読んでしまったんだから仕方がない。