adolf45d.com
第三帝国極悪伝説外伝クロアチア編ウスタシャの怨念 | MASSIVE BLEEDING MASSACRE xxx.ver
1941年4月6日、ユーゴの反独新政権を打倒するべく、ドイツ空軍が戦端を開いた。その後ドイツの電撃作戦が圧倒的な成功を収め、ユーゴ軍総司令部はわずか10日で降伏し、ユーゴスラヴィアは解体された。 ドイツ国防軍がクロアチア首都ザクレブに入城すると、即座に「クロアチア独立国」の建国が宣言された。この政権を率いたのは"ウスタシャ(蜂起する者の意)"というテロ組織で、指導者は弁護士のアンテ・パヴェリッチ博士である。ウスタシャは内務省内にナチス親衛隊にそっくりの治安機関を擁していた。それは同時に軍事組織を持ち、強制収容所管理局さえ内在し、当初よりファッショ的性格を持っていた。パヴェリッチは34年からイタリアに潜伏し、セルビア人の絶滅と追放を計画していた、文字通りのテロリストである。 アンテ・パヴェリッチ さて、建国したてのクロアチア独立国の領土は現在のクロアチアとボスニア・ヘルツェゴヴィナの両方を含むかなり大きなものだった。このためクロアチア人は全人口650万人の半分にすぎす、人口の三分の一はセルビア人であるという事態にいたった。 きたる独ソ戦に兵をさかれたくないヒトラーは、この地域の治安と統治をこのテロ組織ウスタシャに委ねたのであった。パヴェリッチは指導者を意味する"ポグラヴニク"を名乗りナチスの傀儡政権を誕生させた。 《総統》とパヴェリッチ あまりに急に表舞台に出てきたこのウスタシャの党員は政権獲得当時わずか数百人だったと言われている。 おまけに政権内部に激しい対立があり、その暴力的性格以外の共通項は一切なかった。指示基盤の薄いウスタシャを支えたのは全国的に組織を持つカトリック教会であった。カトリックの聖職者はウスタシャの幹部要員を提供し、新しい党員も提供したのだった。 パヴェリッチとフランシスコ会の僧侶たち 色々な意味で不安定だったウスタシャ政権だったがそれでも素早くとりかかった仕事があった。セルビア人とユダヤ人の粛清である。 ウスタシャはセルビア系住民を民族の怨敵とみなし、「セルビア人問題解決」を国の生死に関わる最重要課題とした。政府要人はセルビア人の完全排除を求め、ウスタシャ幹部は各地の政治集会で反セルビア人宣伝を展開した。 ボルコビッチ外務大臣は演説で、