adolf45d.com
"ニーチェの馬" 食え 食わねばならん 例え明日世界が終わろうとも | MASSIVE BLEEDING MASSACRE xxx.ver
ううううう・・・。 おおおおおおおおおおおお・・・・・・・・・。 怒怒怒怒怒怒怒怒怒・・・ おれの人生に怒りほど強い感情はないだろう。なんでこんなにイラつくのか知らないが、もう怒ってばかりいる。もう多分正常ではないのだろう。精神科的になんかの病名がつくのかもしれん。最近は忙しく仕事ばかりしている。だがやりがいのある仕事ではないため、仕事以外に何かやりがいのあるものを見つけねば、と考えているが・・そういうのがないとやっとれんよまじで。 ※2013年の春ごろ書いた記事です そんな中、「ニーチェの馬」というとんでもない映画を観た。もう何が何だか。。おいおいこんなのありかよと。びっくり仰天した。すごい映画だった。 時は19世紀?か。なにもない農村だ。日々の糧を得るので精一杯。生きがいのない人生。労働に加えて趣味の時間を持つ。そんな贅沢は到底許されない世界。 そんな中、片手の不自由な初老の男とその娘が、淡々とただ働く。水を汲み、火を炊き、荷を運び、ボロっボロのくたびれた今にも死にそうな醜馬をひく。食事はふかしたジャガイモ一個。味付けも何もない。会話もない。ただ無言でがっつく。食事の前のお祈りすらない。食ったらすぐ寝る。次の日起きてまた働く。外は風が勢いよく恐ろしい音を立てて吹き荒れている。空は常に曇天で、陽がさすことはない。なんの希望も楽しみも救いも甘えもない世界。そこでただ働く。無言で。特に愚痴も言わずに。かといって楽しそうにするでもなく。無言で仏頂面で。 人間は弱い生き物である。救いや希望や楽しみや神さまがいなくては、生きている価値も見いだせない。だが救いや希望や楽しみや神様がいなくとも人間は働き育て強く生きることができるはずだ。この映画にはそんな主張が込められているかのようだ。例え明日世界が終わるとしても我々はその最後の瞬間まで労働し、日々の食事を作り、皿を洗い、残飯を片付け、風呂に入り、疲れたら眠るのである。 人生は労働である。労働は痛苦である。だが労働するからこそ何もかもがありがたい。当たり前にそこにあるものに感謝することができる。好む好まざるとにかかわらず。結局人間はごちゃごちゃ言わずに目の前の仕事を片付けねばならないのだ。