sisily

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パレルモは、サクソフォン奏者のGianni Gebbiaに招かれて行ったのですが、海辺というか海に向かってパレルモの美しい市街地を背に唄ったり(イーガルは海風で譜面が飛んでいた)、

映画『浅草のブレヒト』上映とライヴを素敵なお店(イメージフォーラムみたいな感じ)でやったり、暑くてイーガルは半裸で演奏したり

ハーモニカ奏者のダビデ(ハンサムだけどまさかの年下)とギタリストのダビデ(パレルモのザッパみたいだった・・・)の二人のダビデと演奏したり、


パレルモの20代の学生たちに囲まれて「18歳(イーガル)と20歳(私)くらいだと思った・・・」って言われたりしました。


このあとちゃんと立派なスタジオでレコーディングもしたのですがまだ世にでていないという・・・イタリア時間・・・
ちなみに、

『君踊るとき』『アムステルダム』『ケサラ』

イタリア語は『La Banbola』をレコーディングしました。(これだけSound cloudで聴けます)

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Panino con milzaとか!

とにかく美味しかったシシリー!

着いてすぐ、車を走らせてくれて夕方行った海沿いのただの汚いテントみたいなところで、おじさんがビール飲んでて。(なのでどこだかわからないw)

おじさんに頼むと生きてる蛸をぐらぐら煮えてる鍋に、ぽいっ!雑!!

これがびっくりするほど美味しかったです!
私もイーガルもそこまで蛸好きではないのですが、茹で上がってぶちぶち刻んだものをレモンかけて食べるだけ。
「こんなに食べれない!」と思いましたがぺろっと食べてしまいました。


パレルモ名物、ジェラートも美味しかった・・・
シシリーで一番!と地元っ子(というかおっさんたち)が言うジェラテリアに連れてってもらいましたがここも場所わからない。。
日本で食べてたものと全然違いました。シシリー人は朝からジェラート食べるから、お腹を冷やさないようにパンと一緒に食べます。


そしてそして、

パニーノ・コン・ミルツァPanino con milza!

これ、日本で再現しようにも難しいと思う・・・相当、新鮮でないと厳しいと思います。
要するに、モツバーガーです。
子牛の脾臓(ミルツァ)をコンフィにした熱々のものを、ゴマのついたバンズに挟んでリコッタチーズを乗せ黒胡椒で完成。
至ってシンプル!あとはかぶりつきます。

1834年創業の老舗の有名店「アンティーカ・フォカッチェリーア・サン・フランチェスコAntica Focacceria San Francesco」で初めて食べて、
滞在中何度も食べました。
(ほかのものもなんでも美味しかった!というかほとんど朝昼はここへ通ってました、パレルモの道が難しくてここしかわからなかったのもある・・・)

屋台でも売っていてそれぞれ少し違うそう。
ちなみに屋台もチャンピオンの店のものを食べました(写真の屋台のおっさんが多分それ)

シチリア方言では「パーネ・カ・メウサPane ca’ meusa」というそうです。


再現レシピなど載っているのはこちら

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Villa Palagonia‼︎

2013年、夢が叶った旅でした
ツアーとレコーディングで訪れたイタリアのシシリー島でしたが、

「どこか行きたいところはある?」とGianniに言われて真っ先に答えたのがここ、パラゴニア荘!

ゲーテが『イタリア紀行』の中で紹介している館ですが、
澁澤乙女だった私は澁澤龍彦の『渡欧日記』でその存在を知り、10代の頃から憧れていた場所。(イーガルも同じく)
行けたら死んでもいい!とまではいきませんが、
一生のうちに!と思い焦がれていた場所なのです。

(でも意外と早く達成してしまった・・・w)

ここはシチリア島パレルモ近郊のバゲーリア(Bagheria)という場所にあるのですが、パレルモの東約15キロ、標高約70~80mの緩やかな斜面にあり、道は入り組んでいて迷いました。
車での道でしたが、辿りつけないかもしれないと半泣きになったくらい。
おまわりさんに聞きながらどうにか辿り着きましたが。
でも電車で自力で行くことはかなり難しいと思われるので本当に感謝。電車はイタリア時間、販売機は壊れていて当たり前・・・。

※ちなみに自力の場合→http://www.siciliaclub.net/bagheria.html

大変そう。。。


パレルモもそうなのですが、迷宮感が凄い。
建物のせいなのか、昔からの道だからか、住んでる人にはなんてことないのかもしれないけど。

パラゴニア荘はとにかく奇怪な像がたくさんあるのですが、どこかかわいらしいというかユーモラスな顔なので全然怖い感じは無いです。

そして昔は一帯が館と柑橘畑だったそうなのですが、現在は普通に近所の人たちは生活しているので電線やら洗濯物も視界に入りますw

つづく


ジェビアと日本人によるブレヒトとバンボラ(人形)
2013年7月5日
ギギ・ラゼテ

真に音楽界のマルコポーロとも言えるジャンニ・ジェビアは世界中を彼の演奏と共にめぐり、彼のサクソフォーンは様々な豊かな言語であり、そこには少しの驚きととびきりのスパイスがあり、我々はそこから様々な街の痕跡を聞き取ることができる。
この度、彼はこの何年かの間定期的に日本で演奏してきた仲間たちをパレルモに呼び寄せた。ピアニストであり、作曲家としても日本のポップシーンのプロデューサーとしても知られているイーガルと、マダム浅草の愛称でも知られる歴史的な中心地であり日本の古き良き大衆芸能と芸術の拠点である浅草のアンダーグラウンド音楽シーンの中でも抜群の知名度を誇るあやちクローデルである。

彼ら三人はNautoscopioにおいて、昨晩演奏を行い、大胆で驚きにあふれたフレンチソング(シャルル・トレネ、ジルベール・ベコー、ジャック・ブレル)アルゼンチン・タンゴ、ジャズ/インプロビゼーション、ヨーロッパのキャバレー音楽、60年台のヒット曲、そしてイタリアの“演歌”の代表曲などを披露した。この異種の音楽のパッチワークはすさまじい効果を上げ、聴衆を置いてきぼりにすることは無かった。
そして最後には魅力的ではあるが対照的な2つの音楽がひとつのものとして提示されていることを確信した。すなわち、西洋音楽の音であるジェビアとイーガル(そしていくつかの演目にはアメリカの音、ハーモニカがダビデ・リネラによって加えられた)、それに対する東洋的な影響を受け、且つ東京の音楽シーンにおいても極めて個性的で唯一無二の歌声を持ったあやちのヴォーカルが絡み合いである。
彼女の歌声は優雅であり彼女独特の陰りのあるエキゾティックさが同居し、そして大胆な歌声であり、低い音域へと下降したかと思えば、素晴らしい高音へと駆け上がっていく。時に官能的であり、大胆不適でもあり、そして全くの粗野にも振る舞える。
そのアプローチはベルトルト・ブレヒトの舞台作品や歌の魂との密接な近似性があり、興味深くそして効果的なスペイン語と日本語をまぜ合わせて歌われたアストル・ピアソラのLos pájaros perdidos(Lost Birds)、パティ・プラヴォのバンボラ(人形)やジミー・フォンタナのWhat will beにおいて完全に見せつけていた。
このトリオは今夜21時半からVelasquez 27にあるWatership Down VegCaféにおいて演奏をする。さらにはジェビアが日本で足掛け3年かけて作り上げたロードムービー「浅草のブレヒト」も上演され、その中には主役の一人としてあやちも出演している。
(写真:ドメニコ・アロニカ)