sakurasakuras

“「会社に言われたことだけを社員がやらなかったから、成功する会社が出たんです。会社に言われたことだけやって成長した会社なんて、実はないですよ。むしろそれでは、落ちていくのみ。技術者は頑張らないと」”

- ビル・ゲイツを驚愕させた由井啓之のスピーカー作り/Tech総研 (via kanal) (via neodenjin) (via sakurasakuras) (via toratorazero) (via rollstone)

最近の映画は昔と違って単純な勧善懲悪ではないものばかりなので、
「正義っていったい何だろう?」と訳分からなくなることが多いが、
実は簡単。
こっそり教えてやるから、誰にも言うなよ。
みんなうすうす気づいていても誰も口にはしないが、
実は正義とは、感情的な「好き嫌い」のことだ。
「好きか嫌いか」
つまり個人の好みの問題。

好みは十人十色。
人の数だけ好みがある。
ゆえに正義も人の数だけ正義がある。

犬が好きな人は犬を大切にするのが正義だし、
イルカが好きな人はイルカを保護するのが正義。
シーシェパードは日本の漁民よりイルカが好き。
それだけのこと。

好みが食い違うと正義の主張も食い違う。
主張が衝突したときは争って勝った方が正義になる。
「正義が勝つ」のではなく「勝った方が正義」。

決着のつけ方は、多数決だったり、論争戦だったり、法廷だったり、
しまいには武力による戦争だったり、色々ある。
勝敗が決まったら、勝者を正義、敗者を悪と呼ぶ。

「1人殺せば殺人者100人殺せば英雄」という言葉もやはり勝つか負けるかが問題。
大量に人を殺しさえすれば、いつでも英雄になるわけではない。
最終的に負けてしまえば極悪人とされる。
ヒトラーだ。
大量虐殺をした結果、戦いに勝ったら正義になる。
アメリカだ。

というわけで、
何が正義かわからなくなった時は思い出すのじゃ。

 個人にとっての正義=好み
 社会にとっての正義=勝者

この単純明快で嫌らしい真実をさわやかに認めてしまえば
長い眠りから目覚めたように実にすっきりとすべてが説明できる。

でも人には言うなよ。
こっそりとだ。こっそりと覚えとけ。
世間は真実が嫌いだからな。



- 第9地区/ユーザーレビュー - Yahoo!映画 (via edieelee) (via tra249) (via exposition) (via kazcorp) (via hsmt) (via moontears) (via sakurasakuras) (via moyashi) (via thresholdnote) (via cooshin) (via usaginobike) (via mononofu) (via mekarauroko)
“政府は10日開かれた閣議において、著作権者の許諾を得ずにネット上で違法配信された映像や音楽のダウンロードを違法とする著作権法の改正案を決定した。罰則は設けない。また、同改正案においては、検索エンジンサービスでの複製(キャッシュ)を合法とする規定も新たに設けられた。今国会に提出、2010年の施行を予定している。”

- 無断配信コンテンツのダウンロードは違法に - 著作権法改正案を閣議決定 | ネット | マイコミジャーナル ついに来ましたね。気になるのは以下の2点かな。 「著作権者の許諾を得ずネット上で違法配信された映像」とあるが、YouTubeやニコニコ動画にある動画を個人が違法性の認識なくダウンロードしていた場合の扱いはどうなるのか?(個人がダウンロードを完了した後になって、該当の動画が著作権者からの申し立てによってYouTubeから削除されたようなケースなど) 「検索エンジンサービスでの複製を合法」とあるが、ネット上の動画や静止画、音声ファイルを検索目的のために複製(画像や波形の解析、サムネイルの作成など)することは現実的にどこまでOKなのか?以前に米国の某大手ポータルの動画検索担当者に聞いたら、「動画ファイルの最初の15秒は、”動画内容の確認”という一種の検索行為のためにサムネイル再生しても良いというルールがあるんだ。法務部がそう言ってた。なんてったって社会のルールを決めるのはウチの法務部だからね(笑)」ということを語ってましたが、日本の場合は誰が実際のガイドラインを決めるのですかね。。 (via inouedai) 「動画ファイルの最初の15秒は、”動画内容の確認”という一種の検索行為のためにサムネイル再生しても良いというルールがあるんだ。法務部がそう言ってた。なんてったって社会のルールを決めるのはウチの法務部だからね(笑)」ということを語ってましたが 大事なことなので強調引用してみました。 (via swmemo) (via pdl2h) (via canopus811) (via shake4me) (via aya18) (via ichimonji) (via sakurasakuras) (via iyoupapa) (via ssbt)(via raitu)
“だから、恋愛が苦手な人は、まず異性の友人を一〇人以上作ることを出発点とすべきなんです。ただの友人でいい。友人というのは、じゃあねと別れて、つぎに用があって連絡する時まで、相手のことを知らなくていい関係をいう。だから財産のように、人数を増やせるんです。なおかつ、人格的なかかわりはいくらでも深められる。”

- 愛が一種の選択なら、この人しか選択できないというのが、究極の愛ですね。… …そもそもそういう確信がもてるためには、人間ひとりひとりが十分違っていなければならないはずです。… 互いの個性や、その人にしかない輝きを見せあうチャンスが、恋愛を育てるプロセスには織り込まれていなくちゃならない。そういうチャンスを生かす方法、出会いを育てる文化が、日本ではとうとう根づかなかった。… pp.230-1 愛はもともと、社会の中には完全に位置づかないところがある。特定の相手だけを大事にするのは、反社会的な行為ですからね。
p.235

愛を教育するための制度が存在しない日本は消費社会によってその混乱が余計に露呈したんだということで、突如、「具体的な人間にかかわる訓練」が提示されます。それが、「だから」以下ですね。 分からない人にはわからないのかもしれないし私にもずっと分からなかった。必要条件ということだろうケド。 あと、異性の友人の条件としては「セックスを目指さない」などあるかも。 (via thinkeroid) (via hanemimi) (via yuco) (via pcatan) (via sakurasakuras) (via plasticdreams)(via gkojax)
“ 子供が鉛筆を削っているとあまり無茶に削るので何べんでもシンが折れました。
「このナイフがわるいのだ」
 と子供は言ってナイフを磨いでコシコシ削りましたが、やっぱりポチポチと黒いシンが折れます。
「この鉛筆がわるいのだ」
 と子供はカンシャクを起して鉛筆を折ってしまいました。
「もっといい鉛筆でなくちゃ駄目だ」
 鉛筆は折られながら言いました。
「あなたの心をもっといいのにとりかえなくちゃ、いくらいい鉛筆を買ってもだめです」”

- 夢野久作 鉛筆のシン (via fjmo) (via ninjatottori) (via sakurasakuras) (via sampler)
“で、チエちゃんが将来どうなるかというと、これはもう決まっていて、
父親と同じタイプの男性にひっかかって一生同じ苦労をするのである。たぶんDVとかされたりとか。
要するにチエちゃんには、子どもらしい時代がまったくなくて、
誰かに甘えるという体験をまったくしないまま大人になってしまうので、
大人になっても誰か世話を「させてくれる」人に、
つまり、ろくでもないチンピラにひっかかってしまうのである。
それか何かに依存。宗教とかエコスピロハスとか(笑)。”

- 階層とメンタルヘルス* 2008.06.05 Thursday 04:55 sociologbook (via ginzuna) (via sakurasakuras)(via pcatan)