piriness

anonymous asked:

Lansosnspsnapjdoajdao birde tarih bilgisi veriyor kardeşim sınava yarım yamalak çalışıp yalan bilgileri ezberliyorsunuz birde 650 yıllık sisteme karşınız sonra yok böyle yok şöyle atan hangi ülkeyi kurtarmış hatta hangi ülkeyi kurmuş ? :D

Feministlere “Linç ediyorlar” diyen kişinin blogundan, tarihi Kadir Mısıroğlu ve türevlerinden öğrenmiş ‘linç edici’ takipçiler çıkmasını normal karşılıyorum. Hadi gidin işinize, buradan size bir şey çıkmaz. Kimseye tarih öğretecek değilim. Fakat ortada birbiriyle tutarsız ve çelişen ibareler yer alıyorsa burada yansız tarihe başvururum. 600 küsür yıl ayakta kalmasını bir savunma olarak kullanmak kolaydır, genelde bunu Osmanlıcılar yapar. Ben Osmanlı İmparatorluğunun hatalı yönleri de olduğunu söylüyorum. Kanuni Dönemi, Viyana’ya gidiyorsun yeniliyorsun, Malta’ya gidiyorsun yeniliyorsun, Hint Okyanusu’na açılmaya kalkıyorsun Portekizliler seni şutluyor. Piri Reis gibi önemli bir denizci, kartograf, Kanuni’ye yeni dünyanın keşfedildiğini, oluk oluk gümüş aktığını, zenginliğin Avrupalılara geçtiğini ve dünya coğrafyasını bilmeleri gerektiğini defalarca anlatıyor. Ama söz geçiremediği gibi, doğru dürüst mantıklı bir nedeni dahi olmadan Kanuni boynunu vurduruyor…
Bugün Kanuni Piri Reis’i dinlemiş olsaydı birçok şey farklı olurdu. Coğrafi keşifler olmuş, millet pusulayı matbaayı bulmuş, yeni ticaret yolları gözükmüş… El insaf, hiçbir padişah da durup düşünmemiş. Avrupayı takip edelim deyip at gözlüklerinden kurtulamamış. Zaten ülkede şeyhülislamın aykırı gördüğü hiçbir şey yapılamıyor, her şey şer’i hukuka bağlı. Osmanlı’nın çöküşünün temel sebebi işte bu ‘geri kalmış’lıktır.

Atatürk ise Makedonya’da daha lisedeyken Osmanlı’nın daha fazla ayakta kalamayacağını görmüştür. Bu çok önemlidir. Bunun bilincine daha gençken varmış bir insandan söz ediyorum. Elbette Atatürk’ün de her insan gibi yanlış kararlar verdiği, sonradan bunun pişmanlığını yaşadığı da olmuştur. Kusursuz olduğu gibi bir iddiam yok.
Erzurum Kongresinde Atatürk’e çevresindeki herkes Sivas’a gitmemesini, Ali Galip’in onu vurdurtacağını söylemiştir. Atatürk “Hiçbir şey yapamazlar” diyerek çevresindekileri dinlememiştir. Teşebbüs girişiminden haberdardır. Karşılaşabileceği risklere karşı planlıdır. Ve tek kurşun almadan Sivas’a varmıştır. Çünkü Atatürk kimin hangi yolları geçitleri kullanıp geleceğini biliyordur. “Şu mesafeden bizi tutturmaları çok uzak bir ihtimal” kanaatindedir. Bu nedenle de böyle bir işe kalkışmayacaklarını biliyordur. İstanbul hükümetinin Atatürk’ü saf dışı etme komplosu olduğunu da. 
Aklı, bilimselliği ve bilgisi onu dahi yapmıştır.

Şimdi buraya kadar okuduysan o elindeki klavyeyi yere bırak ve sessizce blogumu terk et. Osmanlı evlatları olanların blogları senin işine yarayacaktır. Belki Atatürk kapasitesinde bir padişah olmadığı için yıkılmanıza üzülüp Atatürk’e bol bol söverek rahatlarsınız :)

anonymous asked:

Hoy fui de una amiga y estabamos viendo una peli y digo 'los shipeo a esos dos' y me pregunta que es shipear entonces se lo explico y despues me dice 'pero son hombres' y yo como 'si, y?' y despues *silencio incomodo* jajajajajajaja

piri sin himbris, ugh.

x

Harvey Werewolves! 

This was a Thank You Card done for former Harvey Beaks’ writer, Shane Houghton, an Awesome Man, Mario Karter, and Killer Liar(Player) in Werewolves. He has since moved on to create his own show at Disney TV, Country Club. Keep an eye out for it!

In spirit of the awesome Bezier Game, One Night Ultimate Werewolves.
Harvey, Foo, & Fee: Werewolves
Piri Piri: Seer

Dade: Drunk 

Rooter: Hunter

Technobear: Thief

Princess: Trouble Maker

Kratz: Tanner

Expect to yell, argue, and un-trust all your friends.

Interview with Piri Reis (Malaysia)

9月に来日ツアーを行うPiri Reisにメールインタビューをしました。紹介テキストとあわせて読んでいただき、Piri Reisのことを知ってもらえれば幸いです。ツアーではこれとは異なるインタビュー掲載のファンジン(Piri Reisとsto cosi cosiのsplit CD付属)が発売となりますので、そちらもあわせてよろしくお願いします。

Interviewd: Shiro Uchida (sto cosi cosi)
Translated: Yuichi Kasanuma (Endless/Nameless Collective)



バンドとバンドメンバーについて教えてください。
「ハロー、Piri Reisはボーカルのミラ、アーウィス、ファルハーンの2人がギター、ジャカがベースでファクリがドラムの5人組です。はじめまして!」



バンドはどのように始まったのでしょうか?
「僕らは2014年の6月20日にスタートしたばかりからまだ新しいね。最初はミラ、ジャカ、ファルハーン、ファクリの4人で、ミラがベース、ジャカがボーカルだったんだ。何回かセッションしたあとでアーウィスが女性ボーカルのバンドをやりたいって言ってきたので、パートをチェンジして彼にも加わってもらうことにした。幸運なことにそれがどうにかうまくいったので、そこからあらためて次のフェーズへと進むプランを持ってシリアスなバンドとしてスタートしたんだ。最初のギグは2014年8月16日の “Forgive” というイベントだった」


Piri Reisとは実在したトルコの海軍提督の名前のようですが、なぜ彼の名前をバンド名にしたのでしょうか?
「前は違うバンド名だったんだ。だけど音楽的にもフィットしてないような気がしていたところに、アーウィスがバンド名のアイデアを思いついた。Piri Reisはオスマン帝国の提督で地理学者、そして世界地図の制作者でもあったんだけど、その時代(16世紀)に世界地図を作ったって僕らの想像を超える偉業だよね。それで彼の名前をバンド名にすることに決めたんだ」


Piri Reisの音源を聞くとOrchidReversal Of ManといったEbullition Records周辺のカオティックハードコア、また女性ボーカルということで米国のTo Dream Of AutumnThe Assistant、さらにはAnomieMaratといった欧州の激情ハードコアの雰囲気も感じることができますが、Piri Reisのサウンドが影響を受けたものは何でしょうか?
「名前を挙げてくれたバンドの中では特にOrchidからの影響が大きいね。特にKaospilotTristan TzaraLa QuieteLouise CyphreJune Paikなどのヨーロッパのバンドからの影響は大きいよ。EnvyTialaKillieなどの日本のバンドもフェイバリットだよ」



あなたたちはDEMOのサウンドだけでなく歌詞もバンドキャンプで公開しています。歌詞を読むと非常に抽象的かつ悲哀に満ちた表現が多いように感じますが歌詞を書いているのは誰なのでしょうか? またPiri Reisが歌詞を通して伝えたいこととは何でしょうか?
「アーウィスが先に曲のタイトルを決めて、それを元にほとんどの歌詞をミラが書いてるよ。歌詞の大部分はミラの今までの経験を元にしている。『First There Was An Ophera, A Masquerade』『The Padang Jawa Virgin Vigilante』は、彼女の悲しみや苦痛がどれだけ彼女の人生を消耗させるのか、そしてその余波の中で苦痛に呑み込まれた彼女は文字通りその中にいることを望んでしまうというもの。『The Devil’s Deed Of Donetsk』は人らしく生きる人、あるいはそうでない人について、絶望がどういった影響を及ぼすかを間接的かつ隠喩的に書いている(注:曲名にある「Donetsk」とは、ウクライナの都市ドネツィクのこと。恐らく2014年に発生したウクライナ内戦に触発された歌詞だと思われます)。『When Life Hand You Grenade』は紛争地帯での死にゆく人々と次なる犠牲者になるかも知れない人々について。彼らはよりよい人生のために祈るしかなかった。でもそれは祈りでしかなかった。ミラは多くの手助けをしたいという人々に注目していたが、彼らは嘘をついていた。彼らのすべての行動には何らかの意図があるから、手助けなんてしない。そしてまた、苦しむ人々が増えていく。そこで僕たちはラフィーフ・ジアダ“We Teach Life, Sir” の詩を引用してパレスチナの若者たちへ捧げたんだ」


米国のComa Regaliaとsplitを出すことになった経緯を教えてください。
「アーウィスはPiri Reisとは別にQuantisというバンドもやっていて、QuantisとComa Regaliaとでsplit 7インチもリリースしてるんだよね。その縁でComa Regaliaのショーンから今度はPiri Reisとsplitを出そうってことになって。だからレーベルとバンドとの契約も簡単だったよ」


 


DEMOやスプリット、ウェブサイトなどのデザインは誰がやっているのですか?
「ジャカとファルハーンはグラフィックデザイナーなんだ。デモとバンドのFacebookページ、Tシャツなどのマーチャンダイズは2人がデザインしていて、彼らのスキルがバンドをヘルプしてくれている。インドネシアにレンクっていう友だちがいて、彼はTシャツをデザインしてくれたりプリントもしてくれるんだけど、そういった周りの友だちのアイデアに触発されるところもあるよ。Coma Regaliaとのsplitでは、Coma Regaliaのショーンの友だちのオリビアがデザインしたんだ。かっこいいデザインだよね!」



日本でバンドがライブをする場合「ライブハウス」と呼ばれる専門の場所や、リハーサルスタジオを使用するのが一般的です。マレーシアではいつもどのような場所でプレイすることが多いですか?
「マレーシアにはRumah ApiThe Wall、The Keyなどのパンクスペースがあって、僕らはそこでライブをやってる。ツアーバンドのライブの場合は、平日にお客さんを呼ぶのは大変なので、リハーサルスタジオの方がやりやすいね」


アーウィスはUtaridというバンドをやっていたりUtarid Tapesというレーベルをやっていたりと長くマレーシアのハードコアシーンに関わってきたと思いますが、現在のシーンはどのような感じなのでしょうか?
「マレーシアのハードコアシーンは10年前と比較してライブをやる場所も増えたし、成長していると思う。当局との問題はあるけれど、多くの新しいバンドとレーベルがシーンをサポートしている。君も来てみなよ。たくさんの日本のバンドがマレーシアにやってきてみんなここでハッピーになっていったよ」


Utaridでは欧州ツアーしたと聞きましたがPiri Reisは初の海外ツアーですか?
「Utaridは2005年にヨーロッパをツアーしたんだ。もしバンドがまだ続いていたなら日本にも行きたかったけれど、残念なことにそれは叶わなかった。Piri Reisは以前インドネシアにツアーに行ったことがあるんだけど、日本はそこから更に遠い国だし、日本に行けることにすごくエキサイトしてるよ!」


あなたたちから去年日本ツアーをしたいという連絡をもらったところから今回のPiri Reisジャパンツアーが実現したのですが、何故欧州やアメリカではなく日本だったのでしょうか?
「日本は美しい国だし、僕らのほとんどは去年日本に行ったことがあるからね。僕らは日本の人々や土地も食べ物も本当に大好きだし、バンドとして日本にツアーしに行く時が来たんじゃないかと思ったんだ。まだ確定したわけじゃないけど、来年はヨーロッパにもツアーに行く予定だよ。でもアメリカでのツアーは僕らにとってはビザを取得するのが難しいからまるで夢のような話だね。シロウ、ヘルプしてくれてどうもありがとう! 君がいなかったら僕らは日本に行くことは叶わなかった。日本で会おう!」