nyc ghosts & flowers

Renegade Princess
Sonic Youth
Renegade Princess

SONG of the DAY _ Renegade Princess ~ Sonic Youth - from “nyc ghosts & flowers” (2000)

Jet black hair
Tangled stare
Blood inside
Silent stare
Naked heart
Red light night
Tangled heart
Midnight hair
Poor man’s bride
Moonlight fight
Renegade
Crystal heart

Make way for the midnight princess [x 4]
Midnight princess fight tonight [x 4]
Renegades fight for light [x 4]
Naked stares in the midnight rain [x 4]
Gonna fight for your blood tonight [x 4]
Crystal heart’s gonna break you down [x 4]
Tangled hearts in a midnight fight [x 4]
Renegade princess fight [x 4]
Fight [x 4]

Sonic Youth: "NYC Ghosts & Flowers" (2000)

ライター:Brent DiCrescenzo
翻訳元:http://pitchfork.com/reviews/albums/7342-nyc-ghosts-flowers/
翻訳者:Gasse


 いや、決して上の評価欄に点数を入れ忘れたわけではないんだ。2年以上、Pitchforkでライターを務めてきた中で、僕は0.0点(下手すると、それ以下…)の評価を付けるべきアルバムの登場を待っていたんだ。5年間、Pitchforkを読んできた中で、0.0点のアルバムは数点しかお目にかかったことがない。Jason Josephes(訳注:Pitchforkのライター)のキーボードから溢れ出るような厳しい評価を受けたものを、ね。そして、ついに今、僕たちの世代の『Metal Machine Music』(※1)が、つまり、スカッシュ・コートとか、地獄の最深部に設けられた夜のオープン・マイクのステージで聴かれるような、訳の分からないアルバムが現れたのだ。ルー・リード Lou Reedは少なくとも、慎みをもって、あの“公開オナニー”とでも言うべきひどい音について口をつぐんでいるけどね。

 僕たちシカゴ人は、頑固でプライドが高いんだ。僕たちは牛肉100%のホット・ドッグを頬張って、オールド・スタイルのビールを片手に、ニューヨークに対して大声で罵声を浴びせるんだ。この僕たちみんなの怒りは、おおよそ“ザ・セカンド・シティ”(※2)という呼び名を付けられたことに起因している。だけども、この『NYC Ghosts & Flowers』(以下『NYC G&F』)というアルバムは、今、急速に僕たちの憎しみを集めている。この、Sonic Youth(以下SY)の何枚目だかわからないアルバムは、僕たちのニューヨークに対する憎しみを何もかも、1枚のティシュに丸めとったような作品で、そこに入っていないのはニューヨーク・メッツくらいのものだ。これを聴くと、未だにニューヨーカーたちは、魂に継ぎ接ぎを増やし、あご髭を伸ばし、ベレー帽とラスタのキャップを被り、ヤギ乳のバターと金柑のペーストに豆腐のグリルを入れたものを夕食に食べ、オランダのフィスト・ファックに関するドキュメンタリーを観て、それらが独創的で、知的で、影響力があるのだと考えているんだな、と改めて思う。

 この40オーバーのバンドは、自分たちが大切にしている感覚に従って、活動を続けている。だが、“エクスペリメンタル”とか“アンダーグラウンド”であるために必要な感覚は、今や誰もが、SYの作品から影響を受けるべきものとなっていて、“集団農場”に入るのに必要なものにまで成り下がった。『NYC G&F』におけるミニマルな即興演奏は、ビート・ジェネレーションの歌詞とアヴァンギャルド・ノイズというカビ臭い死体の再生利用に他ならない。

 言うなれば、SYのやってきたことというのは、Bloodhound Gang(※3)と同じだ。Bloodhound Gangは、Beastie Boysと『サウスパーク』のジョークを再利用し、自らの意思を持たない消費者たちへ押し売りしていて、SYは、オノ・ヨーコ Yoko Ono、グレン・ブランカ Glenn Branca、そしてアレン・ギンズバーグ Allem Ginsberg(※4)をまとめてスクラップにして、メジャー・レーベル作品に仕立て上げている。で、ビッグ・アップルで暮らしている連中みたいに、君はあんなもののために金を払い続けるってわけだ。何にも新しいアイディアはないんだぜ。あるのは30年も昔に産み出された、尊大で、聴くに堪えないようなものだけだ。SYだって、キャリアが長いんだし、そんなことはよく分かっているはずなんだ!サーストン・ムーア Thurston Mooreは、ジョン・ケイジ John Cageのアルバム・ジャケットを、自分の車輪のスポークにねじ込んでしまったし、キム・ゴードン Kim Gordonは、キャシィ・アッカー Kathy Ackerのアクション・フィギュアでおままごとをしているのさ。

 「Renegade Princess」と「Nevermind(What Was It Anyway)」の歪んだ音のクレッシェンドを除けば、まずいことに、音量は最小まで抑えられている。急に現れ、震える音で鳴らされる変則コード。もはや、“Sonic”でも“Youth”でもなくなったこのバンドにとって、曲とは、単にベースを叩いて音を出す(「side2side」)とか、タコのできた指で無意味にギターの弦を擦る(アルバムのほとんど全部)ことを意味しているようだ。

 恐ろしいスコアを奏でる「Free City Rhymes」は、今の老いたSY、あるいは、少なくとも『A Thousand Leaves』(1998)以降の最悪の時期のSYにはぴったりな曲で、本作において制限されている“歌”を前面に出している。他の曲では、ストレートなスポークン・ワード(キムの場合なら、grunted(ぶつぶつ言う) wordかもね)もあるが、そのクオリティときたら、Doors信者が1人、ビート詩を朗読していて、他のメンバーがみんな困惑している、詩の初級者クラスを思い起こさせる。どの詞もおしなべてそんなレヴェルなのだが、中には特に警戒しなければならないようなものもある。例えば、キム・ゴードンが“少年たちは木星へ行って、もっとバカになる/少女たちは火星に行って、ロック・スターになる”と(小文字で)呻き、親愛なる神の御前で、最後は“打ち倒して/私を打ち倒して/稲妻で”と締める。「side2side」では、下着にご執心で、“ブラ”だとか“特別な/下着”だとか囁くのだ。

 サーストンが「streamXsonic subway」で、ノルウェー人風のぼそぼそした話し方を茶化したようなヴォーカルを披露している傍らで、プロデューサーのジム・オルーク Jim O'Roukeは、ギターの音を薄くして、電子音をHefty(※6)の袋の中に用意している。性急なリズムに乗せて、サーストンは、“俺のストリートマティック・クロッグにクリップ止めされた/暑苦しいハイプの靄を押しのけて進んだ/センソイドとともに歩く方法を見つけた/新たな放射性構造物”などと、サイバーパンクめいた呪文を吐き出す。この叫びを映像化すると、芝刈り機に乗って、Tonka(※7)のミニカー・トラックの車列を追い越していく様子が思い浮かぶ。SYの機材を盗んだ誰かさん(※8)、お願いだから返してあげてよ。いや、もしかすると君は盗み足りなかったのかもしれないよ。そして、民主主義の弊害として、リー・ラナルド Lee Ranaldoは、タイトル・トラック「NYC Ghosts & Flowers」で、陽気なウィリアム・S.バロウズ William S.Burroughs(※9)になりきって語るのだ。“なあ、ここにいる君らフリークスの中で誰か、レニィのことを覚えていないか”アヘン窟で、トレンチコートを着ているかのように、そう、尋ねるんだ。

 Chip Chanko(訳注:Pitchforkのライター)の指摘によれば、こうだ。
  Sonic Youth = 共産主義
  『Daydream Nation』(1988) = ロシア革命
  『Experimental Jet Set, Trash and No Star』(1994) = 『レッド・オクトーバーを追え!』(※10)

 つまり、重要なことは、机上と初期の闘争の段階で正しいと思われたアイディアが、その後、空虚なまがい物になって今に至る、ということだ。加えて、SYに望むのは、ただ、『Daydream Nation』の頃のサウンドに戻ってほしいということ。しかし、現実には、フェンダー・ギターのピックアップ・セレクタをいじって産み出されたモノが残されただけなんだ。先にリリースされた冴えない2枚のアルバムでさえ、「Diamond Sea」と「Hits of Sunshine」(※11)という美しい傑作を産み出したが、本作は、せいぜい「Lightnin'」の曲の初めで、意味もなくグワッグワッとわめき散らす“電気アヒル”を産み出しただけだ。本作は、文法から、イラストレーションに至るまで、すべてがひどい。“fuck”という語を用いた刺激的な言葉だとか、“だからテメエは、自分のパニックネットの中を這い回るハメになったんだぜ”みたいな文字列だとかは、今では独創的でもヒップでもない。メロディとハーモニーは、Sonic Youthキャンプでは禁止された。もはや、アンプからキーキーと音を鳴らすことと、“punk”と“slunk”で韻を踏んだことに対して、技能賞を受賞するのが関の山だ。

 0.0点という評価は大変なことだ。僕はこの判断について自問し続けなければならないが、しかし、根拠はあるんだ。それで巨人を打ち倒して、ドシンと大きな音を立てるのだ。ホーム・ムーヴィーというのは出来が悪いものだけれど、『ハドソン・ホーク』とか『虚栄のかがり火』(※12)のような“大惨事”は、その技術的問題にも関わらず、良く言えば歴史に名を残していて、それを観た僕たちには、溢れ出る嫌悪感を抑えることは不可能だ。SYはニューヨークでの生活に執心していて、『NYC G&F』は、彼らのホームに捧げるコンセプト・アルバムのようだ。しかし、彼らの母なるニューヨークも、恥じているだろう。シカゴは、僕たち誰もがそんなアルバムを産み出してこなかったことを分かっているくせに、ぐっすりと眠り続けている…おい!ジム・オルーク!やるぞ、今すぐに!


【訳注】

※1 『Metal Machine Music』:ルー・リードの1975年のアルバム。全編ノイズ・ギターの多重録音で製作されたアルバムで、物議を醸した。

※2 The Second City:1952年、ザ・ニューヨーカー誌で、A.J.Lieblingというライターが、シカゴを「ニューヨークに次ぐ第2の都市」と表現したことに由来するという。

※3 Bloodhound Gang(1991~):ペンシルヴァニア州出身のラップ・ロック・バンド。

※4 
・オノ・ヨーコ Yoko Ono(1933~):日本出身でニューヨークを拠点に活動するアーティスト、ミュージシャン。
・グレン・ブランカ Glenn Branca(1948~):ペンシルヴァニア州出身のアヴァンギャルド・ミュージシャン。SYのメンバーであるサーストン・ムーアとリー・ラナルドは、ブランカのバンドに所属していた時期があり、またSYの最初期のアルバムは、ブランカのレーベルからリリースされた。
・アレン・ギンズバーグ Alen Ginsberg(1926-97):ニュージャージー州出身の詩人。ビート・ジェネレーションを代表する作家の1人。

※5
・ジョン・ケイジ John Cage(1912-92):ロサンゼルス出身の現代音楽家。
・キャシィ・アッカー Kathy Acker(1947-97):ニューヨーク出身の作家。

※6 Hefty:アメリカの家庭用品ブランド。Hefty sackはゴミ袋のこと。

※7 Tonka:アメリカの玩具メーカー。トラックや建設機械のミニカーを製造している。

※8 SYは、1999年のツアー中に、機材を載せたトラックごと盗難に遭ったため、それまで使用してきた機材をすべて失った状態で本作を制作している。なお、その後、一部の機材は返ってきたらしい。

※9 ウィリアム・S.バロウズ William S.Burroughs(1914-97):ミズーリ州セントルイス出身の作家。ビート・ジェネレーションを代表する作家の1人。

※10 『レッド・オクトーバーを追え!』(原題:The Hunt for Red Octorber):1984年刊行のトム・クランシーの小説。90年に映画化。

※11
・「Diamond Sea」:『Washing Machine』(1995)収録曲。20分を越える大作。
・「Hits of Sunshine」:『A Thousand Leaves』(1998)収録の、アレン・ギンズバーグに捧げた曲。こちらも10分を越える長尺曲。

※12
・ハドソン・ホーク』(原題:Hudson Hawk):1991年公開のアメリカ映画。監督:マイケル・レーマン、主演:ブルース・ウィリス
・『虚栄のかがり火』(原題:The Bonfire of the Vanities):1990年公開のアメリカ映画。監督:ブライアン・デ・パルマ、主演:トム・ハンクス

【訳者コメント】
 Pitchfork10点満点のアルバムは、ビートルズからカニエ・ウェストまで数あれど、0点のアルバムはごくわずか。それで、かねてから気になっていた、このアルバムのレヴューを翻訳してみました。
 いかなる理由で0点を付けたのか、楽しみにしていたのですが、なんだか地方都市出身者のコンプレックス(シカゴは大都市ですけど)と、「SYを叩いてるオレかっこいい」的なナルシシズムが混ざり合った、イマイチなレヴューでした。。。とはいえ、こんなレヴューはPitchforkでしか読めない、という意味では価値があるのかもしれません。
 機材の盗難後のまっさらな状態でのスタートと、ジム・オルークの起用等によって、SYの中でも異色のアルバムであるのは確かですが、個人的には好きな作品です。