nikkor 18 55mm

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何だか回顧録シリーズになっているが、あの日テレアクション・ドラマシリーズを見ていた少年たちにとって「横浜」という土地は、黙し難い憧憬を抱くところではないだろうか。
それは齢五十になる今でも何ら変わるところがなく、「横浜なんかいつでも行けるさ」とか「地元だよ」とか仰る人は別なんだろうけれど、僕のように他の土地で生まれ育った者には、かなり「特別」な街ではあるのだ。

そんなイナカモノでも何度か来れば、そこは映画やドラマの舞台ではなくて、日本のいち都市であると気付く。
人が行き交い、働き、眠る。
「生活」がある場所である。

さて、僕のイナカモノが「横浜」というワードから一番連想し難い場所の一つなのではないだろうか。
横浜には港しかないわけでもないし、洒落たバーばかりがあるわけではない。
人が生きている場所であれば、当然のようにある「生活」がある場所だ。

生活は誰もが実感するものであり、それなくして生きている人もいない。
こういった場所に来て感じる一種の「既視感」は、そこに昨日の自分の心象を見ているわけで、ノスタルジーに浸るのとは少し意味が違うように思う。
そこにある既視感の正体は、自分の生活そのものなのだ。
僕はそれに愛着を感じ、慈しむようにシャッターを切るのだ。

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2017年2月16日 by IKUYA Terakura
Via Flickr:
六本木にて

新名所というと ( てか、もう古い? ) スカイツリーになるんだろうけれど、オジサンには、やはり東京タワーなのである。
夜に首都高速を走っていて、ビルの間からにゅっと姿を現すのを見ると、思わず「おお」と声が出る。

初めて東京タワーに上ったのは、二十歳すぎだったと記憶している。
もう仕事をしていて、休みの日に一人で上った。
とてもたくさんの人がいて、なかなか窓際に近づけなかった。
羽田方面を見ようと窓に近寄った時、窓際には親子連れがいて、お母さんが子どもに飛行機を指差して何かを楽しげに話していた。
他に場所も空いていなくて、僕は彼らから少し離れた場所に立って、どこか空くのを待っていた。
ふと子どもが僕を振り返って暫く僕の顔を眺めた後、お母さんに何事か耳打ちして、僕に

「おじさんも飛行機見るの?」

と言った。
僕は面食らって言葉に詰まっていると、お母さんが

「『おじさんが待ってるから変わってあげよう』って言うので」

と笑いながら言った。
そんなに物欲しそうにしてたかな、と思いつつ、子どもに「ありがとう」と言い、晴れ渡った九月の東京を眺めた。

久しぶりに上ってみたいな、と思う。