irofuda

3

Announcement of an Exhibition of the Biyū Suikoden Series at a Meeting of the Nōreiboku Nōsatsu-Mutsumi Society

Philadelphia Museum of Art

納札睦十月例會 案内状 催主 大阪 田奈加亀文 1925年

Title page for the series Sagas of Beauty and Bravery (Biyû Suikoden) / Yoshitoshi

古美術もりみや

Museum of Fine Arts, Boston

美勇水滸傳目録 月岡芳年 1867年

9

ScrapBook (Senjafuda for 1923 Great Kantō earthquake) / Nishigaki Takeichi

関東大震災図会納札集 西垣武一 旧蔵 歌川国松ほか 画 1924年2月

大黒天と鯰

神輿の奉遷 / 震災圖會連初 東京市焼ヶ場

九月一日午前十一時五十八分 / 御札博士と半山の避難

丸ノ内高台で用達 / 臨月 / かゝしを鮮人と見違ふ

鯛と鯰の相撲

※「御札博士」は壽多有こと Frederick Starr 。「半山」はスタールの秘書兼通訳をつとめた前橋半兵衛という人らしい。

7

Senjafuda (Kanda Matsuri)

天下御用神田祭禮之圖 稲垣蝸堂ほか画 1924年

21/29 十九番 多町二丁目 鍾馗 二拾番 永富町 龍神 二十一番 竪大工町 棟上(飛騨内匠) 二十二番 蝋燭町 関口町 松に杯酒樽

24/29 二十三番 明神西町 大国主命 二十四番 新銀町 鶴ヶ岡鳥居 二十五番 新石町壹 戸隠明神(天照大神と天手力雄命) 二十六番 新革屋町 弁財天

25/29 二十七番 鍛治町 小鍛冶 二十八番 元乗物町 佐々木四郎高綱 二十九番 横大工町 猿田彦神 三十番 雉子町 白雉子

26/29 三十一番 三河町一丁目 武内宿禰 三十二番 臺所町 石橋 三十三番 皆川町 義経 三十四番 塗物町 猩々

27/29 三十五番 白壁町 蛭子 三十六番 松田町 源頼義 番外 佐柄木町 神武天皇 番外 柳ばし 和藤内

28/29 番外 亀井町 浦島太郎

7

Senjafuda (Kanda Matsuri)

天下御用神田祭禮之圖 稲垣蝸堂ほか画 1924年

15/29 一番 大傳馬町 諫鼓鶏 二番 南傳馬町 幣猿

16/29 三番 旅籠町一 翁 四番 旅籠町二 和布刈龍神 五番 鍋町 神功皇后 六番 通新石町 歳徳神

17/29 七番 須田町一丁目 高砂の松(住吉明神) 八番 須田町二丁目 関羽 九番 連雀町 熊坂

18/29 十番 三河壹 鎌倉町 牛若僧正坊 十一番 豊島町 豊玉姫命 十一番の内 金澤町 月に薄? 十二番 岩井町 菊慈童

19/29 十二番 元柳原町 安宅弁慶 十三番 橋本町一 二見ヶ浦の日の出 十四番 橋本町二 乙姫

20/29 十五番 佐久間町壹貳丁目 須佐之男命 十六番 富松町佐久間町一二 石台に牡丹 十七番 九右ヱ門町壱 蓬莱 十八番 多町一丁目 石台に稲穂

※参照:資料室[神田祭花車つくし/三十六番 松田町]

※参照:稲荷祭納札集 稲垣蝸堂ほか画 西垣武一 旧蔵 1927年

Irofuda (Senjafuda) / Unknown

千社札 色札 鯛車 絵師不明 年代不詳

“神社仏閣に納札するための単色刷りで屋号や土地名、模様と名前をスミ刷にした「貼札(はりふだ)」と呼ばれる「題名札」と、色を何色も使い、デザインにも凝った「色札(いろふだ)」と呼ばれる「交換納札」がある。” wiki-千社札

※右上の印は “梅原長兵衛意匠部印?” と思われる。梅原龍三郎の生家の染物問屋の事だったりすると面白いんだが。

“米國 壽多有” を検索して知ったが、これは「お札博士」と呼ばれたフレデリック・スタール (Frederick Starr) の事。

コチラにスタール関連の千社札

External image

External image

Irofuda (Senjafuda) / Unknown

千社札 色札 絵師不明 1916年

“大正五年十一月 贈 親友の還暦を祝して 浅草 田タ梅”

※盃の鳥は「田か鶴」という人が鶴の字として使った物らしいので、これは「田か鶴」の還暦の祝い札のようだ。 参考:植村七之助納札貼り込み帖

※この鶴の形の字は「長の字鶴」というらしい。家紋にある。見当違いのことを書いているかもしれない。

Irofuda (Senjafuda) / Unknown

千社札 色札 絵師不明 年代不詳(たぶん大正五年)

“還暦祝賀 田か鶴君江 暫 国周画 日本一 いづ赤”

千社札について大変詳しい「植村七之助納札貼り込み帖」というブログで「田か鶴」の読み方の見当をつけさせてもらった。特別な鶴の字はこちらにもあるので、この札は大正五年のものだろう。国周は明治33年には亡くなってるので、国周の絵を写したという事だと思う。

※この鶴の形の文字は「長の字鶴」という家紋に似ているので、見当違いのことを書いているかもしれない。