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In honor of Willam’s 33rd Birthday

Top 10 Willam Quotes in HERstory

1) “Emotions are for ugly people”

2) “Thank you God for all this blog”

3) “I’m not gonna RuPaulogize”

4) “We got some big girls, I hope they don’t have diabetes”

5) “Your tone seems very pointed right now”

6) “It feels correct to win, when its right its right”

7) “NURSE!”

8) “Milan just swiffered the floor with his taint” 

9) “Whores get paid, I was a slut”

10) “I’m just gonna have a good rapport with my shoes”

Animal Crossing, The Sims, and Minecraft are all worldwide sensations made by what one would now consider to be AAA companies, and yet, since not one of these games has violence as a core mechanic, each and every one of them has been criticized as not being ‘game-y’ enough.

The fact that the same criticism is levied at so-called ‘casual games’ and ‘casual gamers’ reveals a link between the two: games that don’t include violence as a core mechanic are perceived by the community as being fundamentally more feminine than games that do. Games with women-majority audiences, women-majority casts, and women-majority dev teams are frequently lumped in with this kind of critique. Violence, goes the logic, is what makes a game masculine—and, by extension, being masculine is what makes a video game a video game.

ある外国人の視点から見るJ-RPGの過去、現在そして未来

ゲームのジャンルを語るときに外国人からよく耳にするJ-RPGというジャンルの正体は何なのでしょうか?ネガティブな意味で使われることも度々ありますが、実際は海外におけるJ-RPGファンはとても多く、彼らは今でも新しいJ-RPGの登場を心待ちにしています。今回は、J-RPGが海外でどのように捉えられきたか、その歴史と現在、そして未来について海外ゲームメディアライターを務めるクリスチャンがお伝えします。

J-RPGというワードには、彼ら欧米ファンの中で明確な定義があります。コマンド選択式のバトで、経験値が上がることでキャラクターステータスがあがり、運などの要素によってゲームの進行が左右されないゲームです。そのJ-RPGを30代外国人ゲーマーが語ると、そこに挙がってくるタイトルは決まってクロノトリガー、聖剣伝説2、ファイナルファンタジーVI(アメリカでは3)、またはファイナルファンタジー VIIなどでしょう。その当時、欧米市場で主流だったコンピュータRPGとは全く異なる、欧米では見られることのなかったゲームばかりでした。

- 起源 -

J-RPGについて完全に理解するために、まずは、シルバードに乗ってJ-RPG黎明期と言われる1970~80年代に戻り、真のルーツを探ってみましょう。RPGはテーブルトークRPG*から大きく影響されているといわれています。そのジャンルにおいて神ゲーといわれるほどの名作「ダンジョンズ&ドラゴンズ」(1974年)がその代表です。ある時、アメリカ人デベロッパーによって「ウィザードリィ」(1981年) や「ウルティマ」(1981々)といったテーブルトークRPGがPC用にリメイクされました。ゲームはとてつもないテキスト量に、永遠に終わりの見えない長いダンジョンが続きます。それに続いて、日本企業として初めて、コーエーが当時非常に人気のあったNEC PC-88用ゲームを作りました。「ドラゴン&プリンセス」 (1981年)、「団地妻の誘惑」(1981年)、そして「剣と魔法」(1983年)などです。1984年には、アムステルダム出身オランダ系インドネシア人デベロッパーがアメリカから来日し、事実上初のD&DTVゲームとなる「ザ・ブラックオニキス」を製作しました。以降、新しいジャンルとして広がり、このタイトルはウルトラ級にポピュラーなゲーム機ファミコンにおいて驚異的な販売数を誇っています。

J-RPG誕生そして欧米征服 

2匹の竜 -

ドラゴンクエスト

ここからはJ-RPGを語る上で避けることのできないチャプターとなります。1986年、エニックスのゲームデザイナー堀井 雄二と鳥山 明が組んで、それまでのゲームプレイメカニクスを全て取り入れた初のメインストリーム向けJ-RPGを製作しました。皆さんご存知のドラゴンクエストです。「ウルティマ」のトップダウン画面、「ウィザードリィ」の主観視点での戦闘、そしてダンジョンのコンセプトは「ザ・ブラックオニキス」から採用されました。しかし、この作品は日本での爆発的な人気に反して、アメリカで発売されるまでになんと3年もかかっています。長い筋書きと莫大なテキスト量が障害となり、ローカリゼーションに多くの時間が費やされたのです。日本語は漢字を使うことによって、短い言葉で多くを表現することができます。それがアルファベットになると、途端に長い綴りになってしまうことがあります。文化の違いから生じる翻訳の厳しさと、そこに更に8-bitゲームならではの容量制限が加わり、一連の作業が一筋縄ではいかなかったのです。ニンテンド・オブ・アメリカによってローカライズ、発売されたにもかかわらず、販売数は期待をはるかに下回るものとなりました。というのもヨーロッパとは異なり、当時、アメリカで鳥山明の知名度はそれほど高くありませんでした。(アニメについてはこちらの記事もどうぞ)そのためアメリカで発売されたNES(欧米版ファミコン)版ドラクエのジャケットは鳥山明のイメージとは全く関係のない以下のようなデザインに変更して販売されました。(↓画像参照)

アメリカでの不人気を理由に、当時「ドラゴンボール」が大変人気だったヨーロッパにもドラクエがやってくることはありませんでした。彼らが正式にプレイできるようになったのは、2014年、スマートフォン版がリリースされてからでした。オリジナルがリリースされた28年後です。ドラクエI ・II・IIIに関してはいまだに発売されておらず、最初にヨーロッパ進出を成し遂げたシリーズ最初の作品は、2006年にPS2版として発売されたドラクエVIIIです。以降、IV、V、そしてVIがDS版として発売されましたが、TVゲーム歴代出荷本数1位とされるドラゴンクエストVIIは、未だに発売されていません。近い将来、3DS版で発売されることを祈りましょう。

Final Fantasy

ここからは、スクウェアの坂口博信によって生み出されたFinal Fantasyについてお話しします。本作品は、よりハードコアゲーマーを対象にし、ドラクエよりもゲーム内でより自由が効くようになりました。複雑で戦略的バトルを攻略するために、チーム全体のキャラクタークラスをカスタマイズすることができます。アメリカでは、Dragon Warrior(ドラクエUS版名称)が発売されたすぐ後に、ファイナルファンタジーは発売されました。ローカライズに3年もかかったことで発売時期がかぶってしまったドラクエに比べ、Final Fantasyはグラフィックも格段に上がり、その差は販売数にも顕著に現れました。今日でも両シリーズを比較した際、アメリカでより良い評価を得るのは後者です。日本での発売から3年という長い年月がかかってしまったこと、また、その1年後にSNES版(欧米版スーパーファミコン)Final Fantasy IVが発売されてしまったという事実は、その後の流通に大きな支障をきたしました。ドラクエ三部作での失敗から、旧式ゲームシステム用の古いゲームをローカライズするよりも、新しいゲームシステム用の新作をローカライズするほうがよっぽど理にかなうと判断したSquareは、ある大胆な決断を下しました。なんと、NES用Final FantasyII とIIIをリリースせずに、Final FantasyIV をFinal FantasyIIとしてアメリカで1994年に発売したのです。前作と比較して、内容をとっても品質をとってもすっかり進化を遂げたように見えたこの作品は、アメリカで更なる好評を得ました。このおかしなネーミングのせいで、その後1997年にPS1版Final Fantasy7がリリースされるまで、アメリカのゲーマー達の間に大きな混乱を招きました。余談ですが、ヨーロッパで最初に発売されたFFタイトルは、Final Fantasy7でした。そのため、ヨーロピアンプレイヤーの間でのFF7人気はいまだに不動のものとなっています。

その他

8/16ビット時代には、他にも数々のJ-RPGが欧米に渡り、成功を収めました。ですが、やはり、ローカライズによるリリースの遅れと奇妙なネーミングシステムは免れませんでした。以下に、そのうちの主要なタイトルをいくつか挙げます。

マナシリーズ(聖剣伝説)

石井浩一によって作り上げられたファンタジー色濃い世界観を持つアクションRPG。アメリカでは「Final Fantasy Adventure」(1991年)、ヨーロッパでは「Mystic Quest」(1993年)というゲームボーイタイトルして発売されました。日本では「聖剣伝説 〜ファイナルファンタジー外伝〜」、「聖剣伝説2」「聖剣伝説3」というタイトルでリリースされました。「聖剣伝説3」に関しては、今日に至っても欧米ではリリースされていません。そのため、ガイジンゲーマー達はSNES(欧米版スーファミ)エミュレーターを使っNeill Corlettというゲームファンによって翻訳された非公式版でプレイしていました。

Fan Translationについて

ここでFan Translationというムーブメントについて、少しお話したいと思います。最近のゲームでは、オリジナル版と同時に英語版がリリースされるというようなことも少なくありませんが、当時は、ゲームに限らず、日本アニメ、マンガが様々な大人の事情により、なかなかローカライズされず、ファンが待ちくたびれてしまう、最悪の場合、欧米ではリリースさえされないということが多々ありました。それに待ちくたびれたファンたちが勝手にオリジナル版を翻訳して非公式にリリースしてしまうというムーブメントがその当時大流行しました。

前述のケースとは反対に次のような事例もあります。「Secret of Evermore」は、完全にスクウェア北米チームのみによってプロデュースされ、サントラはフランス人作曲家Jeremy Souleによって提供されたゲームです。リアルタイムバトル、リング状のメニューシステムや、動かすキャラクターを変えることができるという点において、聖剣伝説2(英題:Secret of Mana)にとてもよく似ています。しかし、タイトル、ゲームメカニクスの類似性をよそに、マナシリーズ(聖剣伝説シリーズ)として扱われることはありませんでした。日本でのリリースも一時期予定されておりましたが、最終的にはキャンセルとなってしまいました。

1992年には、北米スクウェアによって製作されたFinal Fantasy Mystic Questが発売されました。そして翌年1993年には日本で、「ファイナルファンタジーUSA ミスティッククエスト」というタイトル、ヨーロッパでは「Mystic Quest Legend」というタイトルで発売されました。日本向けのものだけジャケットのデザインが変更されています。(↓画像参照)

サガシリーズ

90年代始めに日本で発売されたサ・ガ3部作(ゲームボーイ)は、アメリカでは「Final Fantasy Legend」というタイトルでリリースされました。既にアメリカで人気のあったファイナルファンタジーの名前をとって、少しでもその恩恵にあずかりたいと、このようなネーミングになったのでしょう。もちろん、ご存知の通り、坂口博信のファイナルファンタジーとは全く関係のないシリーズです。

クロノトリガー

クロノトリガーは1995年に日本、そしてアメリカでSNES(スーファミ)ゲームとして発売されました。開発チームはスクウェアがドリームチームと称する3人(坂口博信、堀井雄二、鳥山明)のデザイナーによって構成されました。光田康典の作曲の一部を植松伸夫が手がけた事実を考慮すると、このチームはポケモンチームの究極融合・進化型チームと言っても過言ではないでしょう。クロノトリガーはゲーム自体も大変革新的でした。各キャラクターが固有の能力を持ち、パーティー内のメンバーの力を合わせて更に強力な攻撃を与えることができました。そして、多くのRPGでは、ランダムエンカウントに多く時間を割く必要がありますが、クロノトリガーでは戦闘を強制されることがなく、戦うかどうかをプレイヤー自身が決めることができます。無駄な戦闘を避けることができるため、ゲームが反復的になることを回避することができ、より遊びやすくなりました。また、通常のRPGとは異なり、この作品ではストーリーにタイムトラベルを導入することで一直線上の語り口から脱却しました。プレイヤーは1つの世界の中の過去、現在、そして未来を行き来することで大きく変化する世界を楽しむことができます。また、10を超えるエンディングが用意されており、当時のファン達は異なるエンディングを求めて幾度も繰り返しプレイをしたのです。今のようにYoutubeで簡単に他人のアップしたプレイ動画を確認できなかった時代ですね。最近では、複数の異なるエンディングを迎えるというようなゲームは珍しくありませんが、当時1995年にはあまり見られることではありませんでした。ただ、2001年にPS1で再リリースされた時にもヨーロッパではリリースされませんでした。当時ヨーロッパではPALというう映像規格が採用されており、日本のゲームをそのままヨーロッパのシステムでプレイすることができませんでした。そのため、PALエリアのファンたちは2009年、TOSEによりNintendo DSポート版がリリースされた時、やっとプレイできるようになったのです。2011年以降は、iOSもしくはAndoroid版も公開され、いまでは誰もがアクセスできるようになりました。クロノトリガーの続編として、日本・アメリカのPlaystation Networkで公開されている「クロノクロス」に関しては、いまだヨーロッパではリリースされていません。



MOTHERシリーズ

この頃に発売されたもう一つの主要なゲームシリーズにMOTHERシリーズが挙げられます。糸井氏の提案によって設立されたエイプが製作し、1989年に任天堂からファミコン用に発売されました。欧米において彼の知名度は全くなかったにもかかわらず、MOTHERはEarthBoundというタイトルで英語にローカライズされることになりました。しかしながら、その後すぐに、急遽、ローカライズチームはMOTHER2をローカライズすることを理由にMOTHERのローカライズを諦めてしまいました。それから何年もMOTHER(1)は欧米では発売されず、数年後に、一部ファンにより翻訳されたものがEarthBound Zeroという名前でインターネット上に公開されました。先日アメリカで開かれたE3にて、任天堂は、MOTHERをEarthbound Beginnings というタイトルでWii Uバーチャルコンソルでリリースすることを正式に発表しました。

MOTHER2はエイプとHAL研究所によって開発され、1994年、スーパーファミコンゲームとして任天堂から発売されました。アメリカでは1995年にリリースされました。アメリカのローカライザー達は、文化的背景の違いによりやむを得ない場合には、コンテンツの修正・変更を認められていました。そのため、ゲームコンテンツに関するポリシーが日本よりもずっと厳しいアメリカでは、ゲームの特徴となる多くのシーンが変更されてしまいました。

以下は、欧米文化に合わせて変更を余儀なくされたいくつかの例です。

  • おしおきシーン (動画参照)

  • 赤十字マーク。病院のマークはもちろんナースキャップに付けられた赤十字まで削除する必要がありました
  • オリジナルゲーム内のトンズラブラザーズの衣装がブルーズ・ブラザーズに酷似していたため、欧米版では変更されました。
  • グレートフルデッドの谷 (Grateful Dead Valley) はアルファベットで表記するとアメリカのロック・バンドと同じ名前になってしまうため、ピースフルレストの谷 (Peaceful Rest Valley) に変更されました。
  • アン・ドーナツ博士のスカイウォーカーは、お察しの通りStar Warsと名前がかぶってしまうという理由により、スカイランナーに変更されました。 
  • いかにもコカ・コーラだろ!というロゴがかかれたトラックのデザインも変更されました。


Super Nintendo (スーパーファミコン)時代が終盤に差し掛かり、そこにゲームの販売不振が重なったことで、当時、本作品がヨーロッパでリリースされることはありませんでした。2015年、Wii Uバーチャルで全世界向けに再リリースされました。

4年に渡る開発と64DDの失敗により、MOTHER3(アメリカではEarthbound 64)のリリースがキャンセルされました。日本では、糸井重里がGBA用にMOTHER1+2を製作し、2003年に発売しました。MOTHER英語版プロトタイプではオリジナルエンディングが用意されていましたが、結局そのシーンは日本語版のみで公開されました。

アメリカでなかなかシリーズの続編が発売されないため、EarthboundのファンコミュニティはStarmen.net に集まり、ニンテンドー・オブ・アメリカ(NOA)に働きかけるよう努めました。英語版リリースのための嘆願書と、フルカラー270ページのファンアート集を作成しました。


PS1とPS2の黄金時代が過ぎると、J-RPGはその勢いを失いました。Sonyの壮大なPS3全世界リリースが失敗に終わったのもその原因のひとつでしょう。HDゲームを開発するためには高いコストがかかり、AAAゲームに必要な何百人ものチームを管理するのはやはり大変です。そういった理由から、日本の開発者たちは徐々に携帯用ゲームへと移っていきました。一方、MicrosoftのXbox、そして2005年に発売されたXbox360(PS3発売の前年)は、様々な意味でPCゲームと家庭用ゲームを収束させた形となりました。システムの構造がPCに非常に近く設計されており、オンラインゲームが強く推し進められサポートされていました。XboxはC-RPGプレイヤーをTVゲームの世界に連れてくるには最高の環境でした。映像も美しく、広大な世界観を表現することができました。。 ヒットシリーズThe Elder Scrolls、Fallout (Bethesda)、Fable (Lionhead)そしてMass Effect (Bioware)などは日本のデベロッパーが追いつけもしないような技術的な差を生み出しました。MicrosoftはLast Remnant (Square Enix)やInfinite Undiscovery (Tri-Ace) などといったJ-RPGを販売したり、坂口博信の会社MISTWALKERにも出資をして、日本市場への参入を試みましたが、どれもそこまで人気が出ることはありませんでした。鳥山明がキャラクターデザインを手がけたブルードラゴンやロストオデッセイは両者とも残念な結果となりました。高い開発費用の割に、100万本を売り上げることもありませんでした。

そして彼らはMOTHER3を自ら翻訳し、ビデオゲームグッズ販売サイトFangamerで本格的なMOTHER3攻略ガイドを出版しました。他にも長編ドキュメンタリーを作成しStarmen.netで公開したり、Earthbound, USA

他にもアメリカのMOTHERファンたちは作品を題材にした長編ドキュメンタリーを作成しStarmen.netで公開したり、その他にもファンコミュニティの立ち上げ、糸井重里がこれ以上の続編は無いと発表した後にはファン自らMOTHER4を作成するにまで至りました。

ファミコンとMOTHER2の生誕を祝して、2013年にWii Uバーチャルコンソルでの再リリースが発表されました。岩田聡氏は任天堂のソーシャルプラットフォームMiiverseにファンの関心を集めるために、欧米でもWii Uバーチャルコンソル版をリリースすることを発表しました。現在、ゲームはWii Uバーチャルにおいて、トップセラーとなっています。

定着、黄金時代そして破綻

Segaはマスターシステム、メガドライブ(Genesis)そしてドリームキャストで、一貫してPhantasy Star をリリースしましたが、国際的な成功を収めたのはなんといってもSonyのPlaystationです。高ストレージスペースに安いプロダクションコスト(CD一枚につき$1以下)だけでなく、ライセンスフィーもかからず、リスクを下げ、J-RPGが欧米で生き残るための最後の決定的な突破口を探すために必要な勢いを与えました。FFVII、ファイナルファンタジータクティクスといったスクウェアのゲームから始まり、水滸伝(Konami)、スターオーシャン - セカンドストーリー(トライエース)、ブレス オブ ファイアIV うつろわざるもの(カプコン)、Wild Arms(SCE)などまだまだたくさんのゲームがヨーロッパに渡りました。

補足情報:水滸伝のPAL版は非常に希少価値が高く、今日、オンラインで200ドル以上で売られています。

MISTWALKERによって製作されたいくつかのDSタイトル、そしてラストストーリー(Will)は、期待したほどの結果を得ることはなく、やむを得なくスマートホン用にポートされることになりました。しかしながら、最近のテラバトル(無料)ヒットによって、彼らがTVゲーム界に戻ることもそう遅くは無いかもしれません。坂口氏はテラバトルポートのために、クラドファウンディングにより、200万ドルを調達することに成功しました。

  • ファイナルファンタジー7 (1997): 900万本
  • ファイナルファンタジータクティクス (1997):  250万本
  • クロノトリガー (1995):  200万本超
  • クロノクロス (1999): 約 200万本
  • 聖剣伝説2  (1993): about 2M
  • スターオーシャンセカンドストーリー (1998):100万本超
  • ブルードラゴン (2006): 90万本
  • ロストオデッセイ (2007): 89万本
  • ラストレムナント (2008): 67万本
  • イニフィニットアンディスカバリー(2008): 69万本
  • Fallout 3 (2008):900万本
  • Elder Scrolls IV: オブリビオン (2006):700万本超
  • Elder Scrolls V: スカイリム (2011): 1500万本超
  • マスエフェクト 2:400万本超
  • マスエフェクト 3: 400万本超
  • フェイブル (2004): 300万本
  • フェイブル II (2008): 400万本超
  • フェイブル III (2010): 500万本超

PS3がXbox360 の世界売上に達した時にはもう既に遅すぎました。両者とも最終的にはおよそ8500万台売り上げました。では、ここでシステムの再パーティションについて見てみましょう。

引用元:http://www.vgchartz.com/

北米では、Playstationに比べてXbox 360の売上がはるかに高かったため、J-RPGのほとんどが100万台を上限にそれ以上売れることはありませんでした。その中でもかろうじて人気の出た作品の中に、戦場のヴァルキュリア(2008年・SEGA)、エンドオブエタニティ(2010年・トライエース)もしくは白騎士物語(2008年・SCE)があります。またNamcoから出た「テイルズ・オブ」シリーズも同じ問題に直面しました。Level-5がスタジオジブリと組んで二ノ国(PS3)を発売した時も、140万本を超えることはありませんでした。戦場のヴァルキュリア、白騎士物語に関しては、その後、PSPで発売するに至りました。2つの例外として、ファイナルファンタジーXIIIと フロム・ソフトウェアの ソウルシリーズが挙げられます。ファイナルファンタジーXIII(2009年)は様々な批評が混在する中で、全世界トータル700万本を売り上げました。PS3限定デモンズソウル(2009)、マルチプラットフォームでの続編ダークソウル(2011)、そしてダークソウル2(2014)は、それぞれ順に170万本、300万本、200万本と売り上げました。この異例な実績は、 フロム・ソフトウェアがアクションRGを愛するハードコアファンをターゲットに直接働きかけたことに勝算を見出したのでしょう。もしくはラブクラフト的ビジュアルが欧米での成功を助けたのかもしれません。

J-RPGに復活はあるのか

それでは、現在のJ-RPGの状況についてみてましょう。PS4の売れ行きが順調ですが、どれほどのインパクトを与えているのでしょう。以下は地域別にみたシステム普及台数です。

引用元:http://www.vgchartz.com/

これまで、多くのRPGがDS、3DS、PSPにポートされてきました。タクティクスオウガ(PSP)、 ペルソナシリーズ (PSP/Vita)、ジャンヌ・ダルク、 イースシリーズ (PSP/3DS/Vita)、ディスガイアシリーズ(PSP)、テイルズオブシリーズ (PSP/Vita)、朧村正(Vita)、 ドラゴンズクラウン(Vita)等、ゼノブレイド 3D (2015, モノリスソフト, Newニンテンドー3DS)等。

携帯型ゲーム機が主流な市場、日本では、PS4の売れ行きはあまりよくありません。先に述べたように低リスクを理由に、日本のデベロッパーはまだまだ携帯型ゲーム機、またはスマートフォンゲームの開発にフォーカスしがちです。

また、人気ゲームの続編が携帯型ゲーム機版で発売されることもあります。

俺の屍を超えてゆけ (2015, SCE, Vita)、 ファイアーエムブレム覚醒 (2013, Intelligent Systems, 3DS)、 戦場のヴァルキュリアII (2010, Sega, PSP)、 戦場のヴァルキュリアIII (,Sega, PSP)、 ファンタシースターポータブル (2009, Alfa System, PSP)、 ファンタシースターポータブル 2 (2010, Alfa System, PSP) 等など

もちろん、携帯ゲーム機用にのみ作られた新しいライセンスもあります。ジャンヌ・ダルク (2007, Level-5, PSP)、ソードアートオンライン:インフィニティ・モーメント(2013, Banシリーズdai Namco, PSP)、ソードアートオンライン:ホロウ・フラグメント (2014, Bandai Namco, Vita)、世界樹の迷宮シリーズ (Atlus, DS, 3DS)、クリミナルガールズ: Invitation (2013, Imageepoch, Vita)ブレイブリーデフォルト(2013, Silicon Studio, 3DS)、ブレイブリーセカンド:エンドレイヤー (2016, Silicon Studio, 3DS) 等。

ここで挙げたゲームタイトルは全て欧米でも発売されましたが、日本色の強いRPGは欧米に渡ることはありませんでした。人気タイトルとして有名なのがセブンズドラゴンシリーズ(imageepoch, DS, PSP)、戦場のヴァルキュリアIII (2011, Sega, PSP)、グランナイツヒストリー (2011, Vanillaware, PSP)です。しかしここで忘れては行けないのが、これらのゲームは全て日本のオタク市場向けに作られているということです。例えば、アイデアファクトリーの乙女ゲーム、ガストのアトリエシリーズなどです。驚くことに、欧米にもこの手のゲームを好きなニッチなファンがいたということです。

そして日本ファルコンの東京ザナドゥ(Vita)、日本一ソフトウェアの大江戸ブラックスミス(Vita)、アトラスのPersona5 (PS3, PS4)、真・女神転生xファイアーエムブレム(Wii U)など、順調に売上を伸ばすJ-RPGもまだまだたくさんあります。

これらゲームの製作会社をみてお気づきになったかもしれませんが、すべて比較的中規模の企業ばかりです。アトラス、日本ファルコン、日本一ソフトウェア、トライエース、ヴァニラウェア、アイデアファクトリーなどです。彼らが現在のJ-RPGに多様性をもたらしているのです。ただ、これが続くのはあとどれほどでしょうか。皮肉なことに、jrpgという言葉を版権登録した会社が10年のサービスも虚しく、先月倒産してしまいました。J-RPGというジャンルに不吉な終焉を意味しているのでしょうか。

J-RPGの未来はいまだはっきりとはしていないものの、少しずつ変化を見せています。すっかり携帯型ゲーム機/スマホゲームに落ち着いてしまったように見えますが、PS4限定でフロム・ソフトウェアより発売されたブラッドボーンは100万本を売り上げました。ロングシリーズの中で一番の売上と言えるのではないでしょうか。今後、AAAゲームと大手ゲーム企業が市場を切り開くことで、そのリーダーとなるかどうかは、彼ら次第です。ファイナルファンタジー15がリリースは市場に大きなインパクトを与えるでしょう。また、近日中に、彼らのライバルとなるドラゴンクエストXIが家庭用ゲーム機に帰ってくることで

ドラゴンクエストヒーローズ(2015, Square-Enix, PS3/PS4)のスピンオフ作品が発売された時には80万本を売り上げました。堀井雄二氏は、ドラクエを大画面でプレイしたいとその次回作についてもほのめかしています。2016年にシリーズが30周年を迎えるという事実から、今年のTGSにて何かしらの発表を期待できるかもしれません。スクエアエニックスは既にメディアに対して、ファイナルファンタジーVIIのリメイク(プラチナゲームス)及びスターオーシャン5 Integrity and Faithlessness(トライエース)について大々的に宣伝しています。

J-RPGを普及したと言っても過言ではないスクエアエニックスは、今回の作品で、巻き返しをはかりJ-RPGの新たな道を切り開くことができるのでしょうか。

著者紹介:ストローマン クリスチャン

日本文化・歴史に魅せられて2003年に初来日。 2011年に再来日 し現在では、営業/QA/ローカリゼーション、そしてフリーランスのゲームジャーナリストとしても幅広くゲーム業界にて活躍。ヨーロッパにおいて映画製作・配給会社で務めたバックグラウンドを持つ。

Having amazing fun with the @getolympus (E-PL7) can’t wait to use it to do makeup close ups! The clarity in my eyes is just out of this world Aaa!!! Wearing @limecrimemakeup Velvetine #bleached makes the most perfect nude lip!! #limecrime #smokeyeyes #redhead #ginger #altmodel #nudelips #eyebrows #curvy #vintage #pale #freckles #wingedliner

avex uploaded so many full versions of PVs in the last day or so

so I compiled a list for AAA’s PVs in chronological order, enjoy!

We’re so glad to have interns from all over the country spending their summer at the Archives. Welcome to Washington! Artist and furniture designer Harry Bertoia was 17 years old and a student in Gladys Little’s occupational information class at Cleveland Junior High School in Detroit when he kept this illustrated career booklet.

My career, 1932. Harry Bertoia papers, Archives of American Art, Smithsonian Institution.

aaa, i’m so anxious about nepeta potentially returning in homestuck. i feel that because she’s not a main character she’ll be cast aside as a joke or treated unfairly. i doubt she’ll get several pages of development like the striders or kanaya lately. i really wish hussie would focus on her for a second and give closure to her crush on karkat, the loss of pounce, how she feels about gamzee, the state of meowrails after their deaths, etc. what’s upsetting is that fefeta never happened so we don’t know if nepeta and feferi never got that kind of interaction that bonded them together. nepeta’s return will probably be a joke and she’ll explode five pages later. it’ll be a big “fuck you” to nepeta fans and people who relate to her BECAUSE she’s cast aside as useless or irrelevant. for 3 yrs i’ve wanted her to return and whenever she does it was either a mistake (when hussie accidentally drew her dead dream self w pupils) , she returns as a sprite and explodes, or flies away with sollux and never returns again. she’s treated so shittily get her away from homestuck thanks 

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Ok so I wanna order prints but I need to make an estimate?? I’ll probably only do 5 of the pz ones but I need to know who’d buy the FMA and Opal ones for….14$ total after shipping o: Reply or send an ask with which one and how many??? If you buy multiple shipping is obviously combined- if it goes well I’ll make more and run deals aaa