55mm f3.5

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何だか回顧録シリーズになっているが、あの日テレアクション・ドラマシリーズを見ていた少年たちにとって「横浜」という土地は、黙し難い憧憬を抱くところではないだろうか。
それは齢五十になる今でも何ら変わるところがなく、「横浜なんかいつでも行けるさ」とか「地元だよ」とか仰る人は別なんだろうけれど、僕のように他の土地で生まれ育った者には、かなり「特別」な街ではあるのだ。

そんなイナカモノでも何度か来れば、そこは映画やドラマの舞台ではなくて、日本のいち都市であると気付く。
人が行き交い、働き、眠る。
「生活」がある場所である。

さて、僕のイナカモノが「横浜」というワードから一番連想し難い場所の一つなのではないだろうか。
横浜には港しかないわけでもないし、洒落たバーばかりがあるわけではない。
人が生きている場所であれば、当然のようにある「生活」がある場所だ。

生活は誰もが実感するものであり、それなくして生きている人もいない。
こういった場所に来て感じる一種の「既視感」は、そこに昨日の自分の心象を見ているわけで、ノスタルジーに浸るのとは少し意味が違うように思う。
そこにある既視感の正体は、自分の生活そのものなのだ。
僕はそれに愛着を感じ、慈しむようにシャッターを切るのだ。

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Silent Roar by Jake Jung