20100612

わが友マキアヴェッリ - フィレンツェ存亡 - 3

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わが友マキアヴェッリ―フィレンツェ存亡〈3〉 (新潮文庫)【塩野 七生】

予想通り病院の待ち時間で読み終わった。あまり読後感が良くない。やはり主人公が死に、その主人公が愛した国が滅びるエピローグにはしんみりさせられる。そんな、しんみりした状態で診察を受けたところ、脚気 の気があるとのこと。例のトンカチで膝を叩くのをやってもらったところ、確かに動かない。いつの間にそんなものになっていたのか。。

と、ちょっとショックなところで本題に戻ろう。3 巻は「マキアヴェッリは、なにを考えたか」である。フィレンツェの書記官を罷免されたあと、有名な「君主論」を書く。「政略論」や、「戦略論」は知らなかった。また、「マンドラーゴラ」や「クリツィア」といった喜劇を書く。多芸な人である。ただ、そんな叙述業に専念するのは性に合わなかったらしく、イタリアを駆け巡る。情熱的な人だ。

イタリア戦争 の最中、祖国フィレンツェを守ろうと奔走したのであろう。しかし、法王クレメンテ七世 の優柔不断により ローマ略奪 に至り、ルネサンスが終焉する。

作者である 塩野七生 氏の思いが伝わるためかと思うが、マキアヴェッリがとても魅力的に描かれていた。わたしは マキャベリズム という言葉に悪い印象を持っており、その連想でマキアヴェッリ本人にも悪い印象を持っていた。しかし、本書のお陰でマキアヴェッリが大層魅力的になってしまった。大河ドラマでも主人公の視点により登場人物の描写がかなり変わるが、そのようなものだろう。これと反対に、小説を読んで印象が悪くなることもある。「翔ぶが如く」を読んで 西郷隆盛 が嫌いになった。巻が進むにつれて殆ど激怒と言えるくらいに怒っていた。あれは珍しい経験だった。

ことが祖国の存亡を賭けている場合、その手段が、正しいとか正しくないとか、寛容であるとか残酷であるとか、賞賛されるものか恥ずべきものかなどは、いっさい考慮する必要はない。何にも増して優先されるべき目的は、祖国の安全と自由の維持だからである。

マキャベリズムというと冷酷非情という印象があった。しかし、上記の文章には、祖国フィレンツェが少し油断すれば外国の支配を受けようかという時代背景がある。そうして読み返してみると、情熱的な祖国への愛が伺えるだけで、冷酷非情など少しもない。私はマキアヴェッリを誤解していたようである。