尾形光琳

8

Fusuma-e 襖絵 - peinture sur cloison mobile “chrysanthemums & peonies“ by

Ogata Kōrin尾形光琳 (1658 - 1716).

Peintre et décorateur japonais de la période Edo Jidai 江戸時代 (1603 – 1867) ou Tokugawa jidai 徳川時代.
Principal représentant de l'école décorative Rinpa 琳派 des XVIIe et XVIIIe siècles.
6

emaki 絵巻 - peinture en rouleau “Tsuru 鶴” de

Tawaraya Sōtatsu 俵屋宗達 (? - ?).

également connu sous le nom de Nonomura Sōtatsu.  Ses dates de naissance et de décès ne sont pas connues mais sa mort se situe vers 1643, et sa naissance à la fin du XVIe siècle d'après la datation de son œuvre. 

Co-fondateur de l'école de peinture Rimpa 琳派 - une des principales écoles historiques de Peinture japonaise créée, au 17ème siècle à Kyōto 京都, par Hon'ami Koetsu 本阿弥光悦 et Tawaraya Sōtatsu 俵屋宗達 - Environ cinquante ans plus tard, le style a été consolidée par les frères Ogata Korin 尾形光琳 et Ogata Kenzan 尾形乾山

2

おしゃれな男・尾形光琳
───────────────────────────────────────────────────────────────

弁当箱は竹皮でいいと思っている。
軽いし、吸湿性・通気性を兼ね備えそのまま捨てても土に戻る。
なにより他者を威嚇しない佇まいがいい。

少し過ぎてしまったが花見弁当の事を考えていた。
重箱に整然と詰められた、フルパワーの料理もいいけれど
自分で作るにしても、他人の物を頂くにしても
何か面倒くさいなと思うのは私だけではない(はずだ)。
「いいネ!」を必ず押さなければいけない重圧を感じながらの
食事は喉越しが悪い。

アヤメの絵が並んだ日本画「燕子花屏図屏風」を描いた尾形光琳も
花見弁当には竹皮がいいと思っていたようだ。

当時、絢爛豪華な弁当が並ぶ大名花見に招かれた光琳が
取り出したのは、粗末な竹の皮に包まれた握り飯だった。
スノッブな人達がその粗野なふるまいを酷評する中
光琳は握り飯をほおばり、食べ終えた竹の皮を川面に捨てる。
すると竹皮の内側には見事な漆絵(蒔絵とも)が施されていたという。

彼の振る舞いにはスノビズムに対する痛烈な批判も
込められていたのではと思うが、自分の中では最も洒落た
弁当箱として長年君臨し続けている。

5

尾形光琳300年忌記念特別展 光琳アート 光琳と現代美術

2015/02/04-03/03  MOA美術館

2大国宝の燕子花と紅白梅図屏風が56年ぶりに同時公開のお披露目、次を考えると生きている間で同時に見ることが出来るのは最初で最後のチャンスかもしれないと思うと奇跡的なタイミング。前回の200回忌は三越でお披露目されたみたいだが4日間のみという貴重さからも今回の展示がどれほど貴重かも分かる。

それに加え光琳の流れをくむ現代アートと同時展示があり須田悦弘の紅白梅図から落ちた紅白梅の花びらも魅力的な展示方法だった。

そして今回の大注目、杉本博司が紅白梅図屏風を写真で撮ってプラチナプリントで仕上げた月下紅白梅図は言葉に出来ないほど素晴らしかった。暗闇の中浮かび上がる紅白梅からは光琳が見たであろう光景がその場にあるかのように見え時代を超越したその場の匂いや雰囲気さえも感じる素晴らしさだった。

その他、村上隆や会田誠もあったがやはり杉本博司の月下紅白梅図の印象が強すぎて久々に心震える作品に出会えたような気がする。

熱海まで遠征してほんとよかった。