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Terminal

@cafcafcafca

お世話になっております
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petapeta
“高校の時に好きだった日本史の先生が「歴史は人類が争いを繰り返しながら、いかに人類自身の幸福と平和を願ってきたかを学ぶ学問である。くれぐれも“今よりも昔が良かった”という戯言に騙されてはいけない。君たちはあらゆる時代よりも幸福な時間を生きている」って言ってたから今だにそう信じてる。”
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airoz
“電車の中でゲームをやってるおっさんと、仕事の本を読んでいるおっさんがいるが、彼らが積み重ねてきたものの差異は、目がくらむほどだ。週5日、毎日1.5時間ずつ勉強時間を積み重ねてきた人と、遊び続けてきた人の差は、数十年の時を経ると、超えることが不可能なほどの絶望的な落差になってしまう。単位時間あたりのスキル獲得量の高い仕事を何十年もやり続けてきたおっさんと、たいして身にならないような仕事ばかり数十年やってきたおっさんの差は、それよりもさらにずっと大きくなる。 これが若い人なら、才能とやる気さえあれば、これから時間をかけて巨人の肩の上によじ登ることができるが、積み重ねてこなかったおっさんは、いまからでは、もはや巨人の肩の上によじ登るだけの気力も体力もない。 結局、若い時代の気力と体力という一生に一度きりしか与えられないエネルギー源を推進力にして第二宇宙速度(地球脱出速度)に到達できたかどうかが、分水嶺になる。第一宇宙速度にすら到達できなかったおっさんは、あとは落下していくしかない。しかし、地球の引力を振り切るまで加速したおっさんは、むしろ多くの若者よりも楽に飛びまわれる。”

どんな領域のどんなことにも、習得する内に「あっ、これ面白くなってきたぞ」という「閾値」があるように思う。この人は『第二宇宙速度』という素敵な表現をしているが、まさしく。閾値を超える、とは、具体的に言うと自分の行動の自由度が増す瞬間。 若さや老いはそこまで実は関係なくて、この閾値を超えた爽快感を味わった回数でものごとへの好奇心の推進力が決まるんじゃないかな。 これも推測だけど、この閾値を超える体験というのは、次の閾値の絶対値を下げる。習得したスキル同士が誘爆してどんどん思考と行動の自由度が上がっていく。そうして「勉強するダルさ」という重力からどんどん逃れていくことができる。

(via helix-r)

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noctazure

“いいですか、「人と違うこと」に価値を置くのではなく、「わたしであること」に価値を置くのです。”

(「幸せになる勇気」・p153)

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hamumoe
“余命半年で思い出しましたが、生命保険に入るときはリビングニーズ特約をつけておいた方が良いです。これは、保険会社によっても少々違いますが、医師によって余命6ヶ月を宣告された場合、死亡保険金が支払われるという特約です。大体、MAX3000万円くらいだと思います。特約保険料はどこも無料です(多分)。もし余命6ヶ月と診断されたら、速攻で保険金を受け取り、アメリカなりヨーロッパなりの有名な病院に入院して治療してもらいましょう。かなりの確率で助かります。肺がんで日本の病院から余命4ヶ月と宣告された知人がこれで助かり、5年たった今でも普通に生活しています。”
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“珍しく酔っぱらった父が「前にも言ったけど。大切なことだから何回も言うぞ。教養を身に付けなさい。好きなものを増やしなさい。趣味が多い人と繋がりなさい。ダラダラと歳を重ねた人間は『パワハラ』か『セクハラ』でしか笑いをとれない。そんなつまらない人間にはなるな」と一喝。でも凄く大事だよね”
Source: twitter.com
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助けを求めることは、弱さや無力さとは関係ない。

たいていの場合、それは高度な誠実さと知性の現れである。

/アン・ウィルソン・シェイフ

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room1038

たしかに。でもこれがなかなか難しい。

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うちの旦那がラジオの人生相談が大好物なんですけど、「自分の人生の重要な事を他人に決めてもらおうとする人が多くてびっくりする」ってよく言ってる。でもそうしていれば、なにが起こっても常に他責にできるんですよね。人生の最優先テーマが「私は悪くない」。
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(...) もちろん、大事に至らなかったので笑って話せるのですが、失敗を「笑って話せる」メンタリティは救いになります。笑って話してしまうことで、癒されます。

武勇伝のように話し、オチをつける。すると、みんな笑ってくれる。武勇伝にように話すのは、困難を乗り越える一つの『コツ』なのです。

これは、自分の滑稽さを笑えるかどうか、ということにつながっています。失敗をして自分を責め、誰かを責め、嘆くのか。

シリアスな状況の中で、自分の滑稽さを見出せるか。苦労話を、成長していく花道にできるか。

人生はひと色ではなく、また何も起こらない人生なんてありません。口に出したくないことも経験するし、心の底に澱のように沈んでいる出来事もあります。

でも、それは知らず知らずのうちに生きづらさにつながり、心の重さになっていくこともあるのです。

人に話さなくても、言葉にしなくても、自分の中で武勇伝にし、花道と思って歩んでいく。重い荷物を持って歩いていくのは大変です。

失敗や苦労を荷物にしてしまうと、いつかその重さに耐えられなくなるかもしれません。武勇伝も花道も、手放すためのきっかけです。

Source: grapee.jp
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“若い方々に申し上げておくと「言った、言わない」の泥仕合になった時、勝つのは社会的ポジションの高い側です。証拠がなければ、周りの人間は皆強い方に付きますから。そして、それを判っていて、あえて重要案件を証拠の残らない電話で伝達する人間がいるという事です。”
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“子どもが「パパー!」っていつでも抱きついてきてくれるのなんて、小学校に上がるくらいまで。 だいたい6歳くらいまででしょう。 それ以上になると、お友達と遊ぶのが楽しくなってきたり、ただ親に甘えるようなことは減ってきたりします。 平日は仕事で忙しくて、どうしたって子どもとゆっくり過ごせないというパパが多いでしょう。 じゃ、週末はどうでしょうか。 仮に、子どもが生まれてから6歳になるまで、毎週日曜日をべったり一緒に過ごしたとして、それが親の人生の何%くらいの時間にあたるか考えたことがありますか? 日曜日は1年に約50回あります。 それが6年間ということは300回の日曜日があるわけです。 一方人の一生は約3万日といわれますから、割返してみると、たった1%だということがわかるかと思います。 そんな貴重な時間をなんとなく過ごしちゃもったいないってことなんです。 子どもが「パパー!」って胸に飛び込んできてくれるなんて、人生のうちでほんの数年間、期間限定のことなんです。 奇跡みたいなことなんです。 このことに気づいていない人が多いんですよね。 このことに気づくと気づかないとでは、子どもと過ごす時間の濃さが違います。 「もうちょっと寝かせてよー」「パパ疲れてるんだよー」なんて言っている場合じゃないって思いませんか。 近くにいると気づきませんが、子どもは日々成長しています。 たった1%しかない日曜日を、休日出勤やら、出張やら、ゴルフコンペやらに奪われてしまうのはもったいないと思いませんか。 親子として、いちばん濃密に過ごせる幼少期くらい、子ども最優先で生活を設計してもいいんじゃないかと思います。”
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“人間歳を取ると衰えてくる部分の一つに、「相手の話を最後まで聞けなくなる」(開始何秒かのセンテンスだけ聞いたら、自分なりの"きっとこういう話だろう"に引き寄せて早々に解釈し、決めつけ、相手の話を遮って答え始める)」があるけど、早ければ40歳ごろ、遅くとも9割の人間は50歳までに発症してる これってつまり自分の中のストックワードで処理できる範囲ですべて応答したがるようになる、ということなので、より根本的には、老いることの核心は「他者と出会えなくなる」なのだと思う”
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abuu2go
“新しい人上司がやたらと「君の仕事はいつも完璧だ。何か困ってないか?必要なものはないか?」と褒めてくる。 毎回最後に「昇給と休み以外ならなんでも言ってくれ」と付け足すけど。 先日も歯が浮くようなセリフでまた持ち上げられたので「今までのボスの中で1番お世辞が上手だよ」と返したところ、彼はほんの少し真面目な顔をして 「これはお世辞じゃない。仕事を部下にやってもらってるわけだから褒めて感謝するのは当たり前だ。」と言った。続けて 「そうすることで『嫌々やらされてる仕事』は『やりたい仕事』になるんだ。そして皆に気持ちよく働いてもらうのが私の仕事だ。昇給と休み以外はなんでも実現させる」と言ってきた。この人は生粋の人たらしのようだ。 これは組織形成や部下の教育だけの話でなく、子供の教育にも通じるなと思った。 私もとにかく子供を褒め続ける主義なのでうちの子は掃除も片付けも宿題も楽しんでやっている。 知人から「どう教育してるの?」と言われても「褒めまくる」としか言いようがない。 そして我が家では休みの日の料理は私がぜんぶやっている。妻は私が作った料理をとにかく毎回褒めちぎってくる。 私は料理が好きなので料理を楽しんでいる。そう思っていたけれど、これも「私が料理をしたくなるように妻から誘導されてる可能性もある」と気付きを得た。 今夜も私が晩御飯を作る。料理は楽しみでしかない。”
Source: togetter.com