“これからは先日、玉川上水沿いの釣り堀で会った82歳のおじいさんとの話である。 -小金井桜って昔は有名だったんですよね 「そうだよ。私が小さい頃は4月になると人で歩けないほど多かったね」 -小さい頃っていつ頃ですか? 「私が大正10年生まれだから、記憶にあるのは昭和の始め頃の話」 -だいぶ古いですね。 「そうだね。私が小さい頃から凄かったけど電車が開通してからよけいに人が増えたね」 -西武新宿線の開通が昭和4年でしたよね。 「そう、あとその少しに中央線が開通してそっちからも人が来た。あの頃はさ、みんな仮装して花見に来るの」 -仮装? どんな仮装ですか? 「侍とかひょっとこのお面とか被って来る。あれは電車の中から仮装してたのかなぁ…。侍の仮装をした人もさ、持っている刀が本物だった」 -本物? 「そう。あの頃は銃刀法違反もないから本物だったよ。そんで喧嘩になると、それを抜く」 -えっ! 死んじゃうじゃないですか? 「うん、昔の喧嘩はさ。半端じゃなかったからね。一升瓶で殴ったり、耳をちぎったりして、みんな喧嘩っ早いしね。だから毎年上水で溺れ死ぬ人も含めて4、5人は死んでた」 -花見で死人が出るんですか? 「そうだよ」 -その他にそういう話はありますか? 「そうだな、怖かったのが魚屋と床屋だな」 -えっ? なんでですか? 「魚屋はさぁ、毎月何日が休みって決まっているんだよ。そんで休みになるとみんなで花見にきて、そこで包丁でもってその場で魚を裁いて花見客に売るの。それで、あいつらはまた喧嘩っ早いから、酒飲んでいると喧嘩になって包丁で出てくる」 -な、なるほど床屋は? 「床屋も一緒。あの人たちは花見に来て、花見客の髪を切る。だからカミソリを持ってるでしょ。それで飲んで喧嘩する」 -カミソリと包丁と本物の刀、とんでもない花見ですね? 「今じゃ信じられないだろうけどね。私はまだ10歳くらいだったから怖くてね。毎年、床屋と魚屋が来る日はみんなで軒先の武器になるような農具を隠して、私は畑の奥に逃げていた」”
—異国・日本。