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    5月1日の笑点の前座はケーシー高峰師匠。
    出てきていきなりスーパーブラックなネタ。
    ”放射能の原産地、福島県いわき市よりやってまいりました。皆様方に放射能をお分けしたいと思います”
    と言ってトレードマークの白衣をパタパタ。
    素晴らしい!もしかしたら暫くはテレビに出られないかもしれない、下手をすれば不謹慎と糾弾されかねないネタをGWの日曜日のお茶の間向け番組で披露する覚悟。言ってはならない(かもしれない)タブーにチャレンジしてこその芸。
    ケーシー高峰は下品でエロでアナーキーな芸風が持ち味だけど、俺はそうした日常からかけ離れたところから社会を観察し反映させる芸が大好きで、そういうのはモンティ・パイソンが代表的だけど、普遍的な意味を持ったり時代を超えて人を笑わせる力があると思っている。
    そして昨日のケーシー高峰は不謹慎で下品で、しかし力いっぱいの抗議を含んでいて最高だったと思う。”ウソをつかれたよ” などという稚拙な表現ではない、本物の表現者だからこそ出来る芸だった。ぜひもう一度見たい。
    ケーシー高峰の放射能ネタ:東京都市大塩尻高校に通うムスコのお父さん:So-netブログ (via toronei)
     
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    基本的に大人がやる行為には「目的」があって、そのために手段がある。はさみを使うのは、切って何かをつくるのが「目的」だし、お風呂でお湯を汲むのは、体を流すのが「目的」。けれど子供がやることの多くは、大人にとっての手段自体が目的だったりする。ただ、はさみで紙を切る。楽しいから。お風呂で、延々とお湯を汲んでは流し、流しては汲む。楽しいから。目的はないので、どこにも行き着かず、終わりもない。大人はそれらを「遊び」と読んでいるらしい。

    子供にとっては、この世のあらゆる体験が初めてのことに近く、新鮮に感じられるはずだ。だから、はさみを動かしたら紙が切れた!積み木を縦に積み上げられた!自転車に自分ひとりで乗れた!そういう一つひとつの「手段」を習得した時、その喜びのあまり、手段自体を繰り返し楽しんでしまうのだと思う。

    こどもは手段が目的 - kobeniの日記
     
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    ずいぶん昔だけどドムドムバーガーでテイクアウトした時
    店員が持ち帰り用の袋にポテトを入れる時にポロっと1本落ちたんだよ
    俺が思わず「あー」って言ったら店員がきょとんとした顔で「悲しいですか?」って言うから
    「悲しい」と言ったらポテトの揚げ場に行って3本足してくれた

    マジ実話

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    「情熱大陸」や「プロフェッショナル」といった人物ドキュメンタリーを見ていると、たまにピリピリとした雰囲気で「撮影はやめてください」と取材陣に厳しく接する人もいますが、個人的な印象としては、そういう人にかぎってあまり大きな仕事をしていない、というか、小粒な人物が多いような気がします(本当に自分の勝手な印象ですが)。一方で、あるジャンルの最高峰におり、一流のなかの一流をゆく人の多くは、あまり小さなことにこだわらず、鷹揚で、ピリピリした姿を周囲に見せないように思います。どんな極限にあっても厳しい状態にあっても、どこか精神的なゆとりを感じさせたり、ユーモアを見せたり。そういった「人間のよさ」も一流であることの要素のひとつなのかもしれないな、と思いました。

    一流をゆくひと - tapestry::reikon (via gothedistance)

    2008-07-08

    (via gkojay) (via harapon) (via usaginobike) (via shinyboy5)

    誰かに聞かせたいかも

     
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    「なぜこんな簡単なことも出来ないのか」
     
    自分が情けなくなることがあります。
    何度やっても不器用で指が回らない。譜面を見てすぐに弾ける人がうらやましくなる。
    ついには、投げ出したくなってしまう。
     
    そんなとき、自分を励ますために思い出すことがあります。
     
    ある有名なバレエダンサーが言っていたことば。
     
    「最初から足の上がる人は才能があるとは言えません。
     
    足が上がらなくても毎日一生懸命練習する。
    そうすると、ほんの少しずつでも上がるようになる。
    足は心を込めて上げなければ上がらない。
    だから、その0.1ミリにも魂が宿るようになる。
     
    そういう人は、足を上げただけでもそこに重みというか何かがある。
    お客さんが感動するのはそういうダンサーです。」
     
    「すぐに達者に弾けるからピアノの才能がある」
     
    「最初から高い声を持っているから声楽の才能がある」
     
    そう思ってしまいがちですが、実はそうではないというのです。
     
    もちろん、「足が上がらないから才能がある」と言っているわけではありません。
     
    動かないものを動かすようにする。出来ないものを出来るようにする。その過程における成長が才能なのではないでしょうか。

    成長こそが人を感動させるのだと思います。

    最初からすぐ出来る人は才能があるとは言えません:永井千佳の音楽ブログ:ITmedia オルタナティブ・ブログ
     
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    Kayaking on the beautiful Soča River in Slovenia (by Peep O’Daze).